犬に噛まれる

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犬に噛まれる

 犬を連れて旅に出た。  妻が里帰り出産のために大阪へ帰ってすぐに、女の子を産んだ。つい数日前まで、犬と一緒に砂浜で走り回っていたというのに、ほんとうにあっけなく産んでしまった。私はその出産に立ち会うための心構えはあったけれども、予定より三週間も早く産まれたとあって、取り敢えずのものをバッグに詰め込むと、まだ四ヶ月になったばかりの犬と一緒に新幹線に飛び乗ったのだ。初めて迎える我が子と初めて出産を果たした妻に対して、どんな言葉をかけるのがふさわしいか、ぼうっと生あたたかい頭の中で思いをめぐらすばかりだった。まだその時は、私が出産に立ち会えなかったことを後から妻に詰られようとは思いもしなかった。  ウェルシュ・コーギー・ペンブロークという種類の仔犬を我が家に迎えたのは、ほんの二ヶ月前のことである。由比ヶ浜近くの今の住まいを決めたのも、犬と一緒に暮らすためと子供の陽あたりを考えてのことだった。子供が産まれるより早く、犬と暮らし始めることを私たちは選んだ。そうする方がなぜか、子供のためになると思ったからだ。  仔犬は家に来たはじめからがつがつとよく食べた。早食いの大食いで、器の中に頭を突っ込んでは挑むように食べた。食欲が旺盛なのは元気に大きく育つことの現れだろうからと、私たちは代わる代わる三食しっかり食べさせた。だが、どうやらこれがいけなかったらしい。家に来て三日目で、大量に吐いた。  心配性の私は、もう少し様子を見てもいいと言う妻を押し切って、夜間の診療所へと仔犬を持ち込んだ。妻よりも、そして当の仔犬よりも、私はおろおろしていたに違いない。若い獣医が言うには「食べさせすぎですね」ということだった。自宅に帰って食事の用量を見直してみて気がついた。一日あたりの用量を一食で与えていたらしい。それで腹がはちきれたのだ。仔犬はケロっとしている。申し訳なかった。  私たちはそそっかしく、何かと人に教えられることの多い夫婦だった。そんな厄介な二人の元に、コーギーの仔犬はやれやれと可愛がられにやって来たのだ。犬の身にもなって考えるべきである。  新横浜から新大阪まで、のぞみに乗るとおよそ二時間だが、由比ヶ浜から新横浜までも電車を乗り継いで一時間はかかる。すると、犬はせせっこましいキャリーケースの中で、三時間以上も縦に横にと揺られ続けることになるわけだ。ケースに入れられることは慣れているとはいえ、まさかこんな大移動になるとは思いもよらないことだろう。新横浜駅から新幹線に乗り込むと、犬は何やらただ事ではないと気づいたか、キャンキャン吠え始めた。はじめはお気に入りのボウロで気を惹いていたが、やがてそれも効かなくなった。今度はドッグフードを詰めたおもちゃを鼻に押し付けてみたが、飽きられる。混んでいないことはまだ救いだったが、犬の要求吠えは耳につくものだ。私はいたたまれなくなって、多目的室に逃げ込むより外はなかった。  オシッコをさせて水を飲ませた。ベチャベチャと音を立てて飲み終わらぬうちに、手首へと噛みついて来た。この子は貰われて来た時からすでに噛み癖があって、ほかのきょうだいたちと比べると聞かん坊だった。はじめのうちは甘噛みで可愛いものだからつい許していたのが悪かったのか、今では噛む力もだんだんと強くなってきて、これは先が思いやられた。まもなくかよわい赤ん坊を迎えるという時期にもかかわらず、身近に牙を剝いた猛獣を置いておくような危険を自ら招いているというわけだ。そこで心配性な私のもやもやもまた高まって、あらぬ思いに頭をめぐらすわけなのだが、妻はそんなことなど気にしていない風である。まあ、子を宿してそれどころではなかったのかもしれないが、ともかく不用心な私たちにはそこまで考えが及ばなかった。 「もうすこしの我慢だよ。もうすこし。いい子いい子。」と言われても、犬には何のことやらさっぱり分からない。尖った乳歯がぶすりと掌の柔らかい部分に食い込んで、噛みつきはしばらくやまなかった。人前で要求吠えさえしなければ、小指くらいはくれてやってもよかった。  果たして、由比ヶ浜を出てから三時間が経とうとする頃、のぞみは新大阪駅に着いた。振り返ってみると、思ったより犬はおとなしく旅を楽しんでいたのではないか。噛み癖ならいつものことなので、犬は案外平常心だったかもしれない。  迎えの車の中では犬よりも私の方がほっと一息つけるようだったが、まだやるべきことがある。まずは犬を妻の実家に送り届けて、いつもの飯時はとうに過ぎていたけれど、日に三度の晩飯を食べさせる。それから旅住まいを整えて、新しい寝床を覚えさせなければならないし、そんなことをしているうちに犬は勝手に大便をふるう始末だ。 「犬は繊細ですからね。ちょっとした環境の変化でストレス性の下痢をしたり、ひどい時には血尿や血便をすることもあるので気をつけてください。」と獣医に言われていながらも、狭くて暗い箱に閉じ込めた挙句、蓋を開けてやったところで変な臭いのする寝床で寝かせるという所業なのだ。さらに妻の実家では二匹の猫を飼っていたが、犬はその猫たちが住まいとしていたケージの中に押し込まれ、留守番をすることになった。犬が味わったストレスとはいかばかりかと思うが、そうこうしているうちに、私は妻と子のいる産院へと赴かなければならなかった。  新型肺炎が蔓延した影響で、産院では面会時の人数制限が設けられていた。入室を許されたのは夫である私一人だけで、妻の家族は五日後の妻の退院まで待たなければならなかった。夜間、通常の面会時間はとっくに過ぎた産院へ私は駆け込んで、妻と子を前にした。  開口一番、妻は「遅すぎる」と言った。私にしてみれば「早すぎる」だったが、とにかく娘の赤ら顔に幸福を思った。四人目の家族が妻の腕の中で、お地蔵さんのように眠っていた。  産院に泊まることができなかったので、私は妻の実家へと戻り、義母にとっては初孫となる子の五体満足を報告した。そしてわずか四ヶ月早く生まれて兄となった犬はといえば、取り澄ました顔で妻の実家にくつろいでいた。 「なにか粗相はしませんでしたか?今はノンキな顔をしているようですが。」と、私は犬に覆いかぶさって尋ねてみると、 「おとなしくしていたよ。ご飯もペロっと食べたし、お利口さんだったよね?」  もうすっかり義母になついていて、ヘソを天に向けている。まったく噛んだり吠えたり飛びついたりすることもなかったというが、いったいどういう風の吹き回しなのか。  私はそれから一週間、妻の実家で世話になり、産院へと通う日々だった。妻と子はいたって健やかで、私は陽のあたりのいい病室のソファに横になると、うたた寝してしまうこともあった。そしてそれらの日々の間中、妻の実家の居間で古参のような風情で暮らしている犬は、まるで別の生き物となったかのようにおとなしかった。「借りて来た猫」とは、自宅以外だと緊張しておとなしくなる猫の習性を模したことわざだが、それは犬にも当てはまるのか、唸ったり吠えたり噛んだりしないのだ。  妻と子は退院し、私たち一家は妻の実家で二日過ごした。どうかすると人間の子供よりも動物の方に愛着が強いらしい妻は、しばらくぶりに会った犬を片時も傍から離さなかった。名残惜しいのは妻にも私にも、きっと犬にもあったことだろうが、私と犬とは一足先に由比ヶ浜へと帰ったのだ。  帰りの新幹線でも犬はおとなしかった。ほんとうに兄の自覚が芽生えたのかと、動物の本能の神秘を思ってみたりした。まだ四ヶ月のほんの仔犬だと侮っていたら、人間の及びもつかない速さで成長を遂げている。私はこれから迎える家族との新しい生活を心に描きながら、夢見心地で新幹線に揺られたものだった。  自宅に着くなり、どっと疲れが出た。留守の間こもっていた部屋の臭気を放つために窓を開けた。風が吹くと、なつかしい潮の香りと冬の冷気が漂って来るのだった。江ノ電の終電みたいな時間に帰って来て、私は妻の声が聞きたくなった。 「もう寝てるのかい?お地蔵さんは。」 「うん、バンザイして気持ちよさそうに寝てるわ。コンペイは何してるん?寝てるん?」 「いや、それがね、さっきからずっと窓の外見てる。動かないんよ。フリーズしてる。」 「そうなん。」  コンペイは長いこと、窓から吹きつけられる風を浴びているようだった。おすわりの姿勢のまま寝ているのかと思うほど、こちらに背を向けてかすかにも動かなかった。私は電話を切って、旅の荷ほどきをはじめた。  すると突然、コンペイが振り返って吠えながら駆け込んで、飛びついて来た。 「おお、どうしたコンペイ、何か見つけたの?何かあったのかい?」と、私はとっさに抱きとめていた。  コンペイは指やら手首やら二の腕やら、どこと構わずはげしく噛み回った。私は喰われるがままに、リビングで大の字だ。犬に噛まれる悦びもあるのだと思った。
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