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 去年の11月の下旬だから丁度コロナ騒動が巻き起こる少し前、電話がかかって来た。 「もしもし、お母さんだけど」 「ああ・・・」僕は母に対しいつもこんな返事しかしない。 「実はお父さんね、脳卒中で亡くなった・・・」  僕はこの言葉を聞いた瞬間、自分が抱える心配事の大半が揮発するガソリンみたいになくなってしまったように思い、一気に安堵して、「ああ・・・」とだけ答えた。 「一週間ほど前にね、倒れているところを見つけて何回も揺り動かしてみたんだけど、ちっとも動かないから、これは今までとは違うわって思って救急車を呼んで病院で治療を受けさせたんだけど、助からなくて到頭、亡くなってくれたんだわって思ったの。だって、もうこれで面倒見なくても良いでしょ。だから却って嬉しくて涙も出なかった・・・」  父は糖尿病を患っていた。そして続発性自律神経障害を併発して何度も卒倒していたのだ。おまけに認知症を患い、癇癪を起こしたり、排便を便所以外でしたりして酷く困らされた母は苦労が絶えなかった。糅てて加えて定期的に病院に通わせなければならず、治療代が嵩み、先行きが危ぶまれていた矢先の父の死に母は喜んだのだ。僕も喜んだし、本来、母同様涙もろい筈なのに涙が一滴も出なかった。只々母が救われて良かったと思った。 「葬式はね、家族葬で済ませたの。慶喜は皆に会いたくないだろうから通夜にも呼ばなかったけど、悪く思わないでね」 「思わないよ」思うどころか煩わしいことに巻き込まれずに済んで良かったと僕は思った。 「そう、仏壇のお参りはする?」 「ああ・・・」
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