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3.父の疑念
「――で、だ。結局そのガキの持ってたナイフに付いてた血液が、被害者のモンと一致したんだ。そんで、ガキを犯人として検察に送致して……俺らの仕事はとりあえず終わりって訳さ」
「ふむ……ふむ。なるほど」
則子は安藤の話を噛んで含むように、何度か頷いてみせた。
所々に警察用語が混じっていてよく分からない部分もあったが、なるほど、事件のあらましは何となく理解出来た。分からないのは――。
「それで? お父さんはこの事件のどこが引っかかってるの?」
「……分かるか?」
「それはもう。そんなに『納得いかない』みたいな顔されちゃあ、ね」
話している最中、安藤はずっと顔に「納得いかない」と書いてあるような表情を浮かべていた。
事件の顛末に納得がいっていないことは、娘の目から見ても明白だったのだ。
「……俺はよぅ、この事件、親父が怪しいと思ってたんだよ。夜中に娘ほっぽりだして、酒飲みに行くような男だぜ? おまけに――」
「娘さんの『お父さんが』って言葉もある?」
「……そうだ」
――そう。安藤は、第一発見が聞いたという被害者の言葉がずっと引っかかっていたのだ。
第一発見者の主婦は、被害者に「誰にやられたの?」と尋ねた。被害者は息も絶え絶えに「お父さんが」と答えた。
これ以上に重要な証言はないはずだが……実際には、凶器を持っていたのも自供したのも別の人物だった。
この不整合が、安藤にはどうしても納得いかなかったのだ。
「証拠も、自供も取れてる。犯人は十中八九、あのガキで間違いねぇ。でもな、俺はどうしても被害者の言ったっていう、『お父さんが』って言葉が気になるんだ。近所じゃぁ、しょっちゅう大声でケンカしてたことで有名らしいしよ。――どうにも引っかかるんだ」
若い同僚や部下たちは、安藤の疑念を「考えすぎ」「第一発見者の思い違いかも」等と言って、全く取り合おうとはしなかった。
そのことがまた、安藤の悔しさを募らせるのだ。
けれども――。
「えっ? それ、簡単なことじゃない?」
思い悩む安藤をよそに、則子は事も無げにそう言い放っていた。
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