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1.父、帰宅する
「おう、帰ったぞ」
「あらお父さん、お帰りなさい。今日は早かったのね?」
「ああ……ちょうど事件が一つ終わったところでな。今日は早引けさせてもらったのさ」
娘の則子と二人暮らしのボロアパートに帰り着き、安藤はようやく安堵のため息を漏らした。
安藤は地元の警察署に勤める刑事だ。出世には興味がなく、現場主義で長年に渡り多くの事件を取り扱ってきた。
ヤクザと間違われるような強面で、「鬼の安藤」等と呼ばれたものだが――そんな安藤も、既に六十を目前にしていた。年若い部下や同僚たちに体力面で付いていけずに、老人扱いされることも多くなっている。
「お父さんも、もう若くないんだから無理しないでね?」
「てやんでぇ。俺はまだまだ現役よ!」
――等と、娘相手に強がってみるが、寄る年波には勝てない。
「まだまだ若いもんには負けない」という気概で頑張ってきたが、それも限界を迎えつつあった。
体力もそうだが、若い頃には冴えていた「刑事の勘」が、最近ではすっかり錆びついてしまっている。今回の事件でも、見事に見当違いな推理をしてしまい、恥をかいていた。
「お父さん……何かあったの?」
「ん? いや、なんにも――」
弱気の虫を娘に見透かされてしまい、咄嗟に強がろうとした安藤だったが、そこでふと思いなおす。
今まで、安藤は家庭内に仕事を持ち込まなかった。もちろん、警察官としての守秘義務云々もある。だがそれ以上に、娘に自分の重荷を分かち合ってもらうようで、気が引ける部分もあったのだ。
――けれども、そういった強がりが自分の頭を固くしている一因ではないのか。ふと、そう思ったのだ。
「――ああいや。則子よぅ、ちょっと仕事の話になるんだが……聞いてくれるか?」
則子は父親の意外な言葉に目を丸くしつつも、「私で良ければ」と佇まいを正して、父親の話に耳を傾ける姿勢を見せた。
そんな娘の姿に苦笑しながら、安藤は今回の事件について語り始めた――。
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