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あんな事件があった後は病に遭いやすいと心配した両親が、豊雄を嫁いだ姉のいる大和にしばらく預けることにした。
しかしあろうことか、そこに楝姫と童が何でもない顔をして訪ねてくる。
「無実の罪で豊雄様がお役人に連れて行かれたと聞きまして、胸を痛めながらずっと探しておりました」
豊雄はまさかこのようなことがあろうとは、と怯えてすぐには声も出ない。
「よ、よ、妖怪は近寄るでない!」
カラカラに渇ききった喉から声にならない声を出し必死に退けようとするが、楝姫と童は全く怯む様子がない。透き通るような白い頬を桃色に染め、涙の滴を浮かべて訴える様子がたいそう不憫に見える。
「私が妖怪だというならば、わざわざこんな人けの多い場所に姿を現しましょうか。そのように愚かではございません。よくご覧下さいませ。私の着物の縫い目はしっかりありますでしょう?漆黒の影もございます。どう見ても人間ではございませぬか」
そのような楝姫の言葉に少し心が揺れるが、以前の経験が頭をよぎる。
「そのようなことを申しても騙されるものか!雷で消えたではないか。神宝をたくさん携えていたではないか!」
「女の手一つで、あのような神宝をどうやって盗むというのですか。無理がございませぬか。あれは前の夫から確かに譲り受けたものにございます」
全く引かない楝姫に、反論する言葉を失ってしまう豊雄。
それどころか、姉夫婦は高貴な様子で品のある楝姫を見てたいそう気に入る。美しく賢く礼儀正しい。何より豊雄を心底愛してくれていると。
姉夫婦の勧めもあり、ついに豊雄は楝姫と結婚した。その生活は意外にも一つの不満さえなく、たいそう穏やかに過ぎ去っていった。
ある日、姉夫婦、豊雄と楝姫と童で吉野の寺へ桜を見に行った。寺への坂道を上がる途中、滝の横で休んでいると髪の毛の真っ白な翁が楝姫と童を見て突然大声で叫んだ。
「邪神め!お前たちが蛇の化身だということはわかっておるぞ!姿形を変えても騙せまい。なぜ人間の姿をしておる、なぜ人間と一緒におるのだ!」
実は翁、大倭神社に仕える人物であった。
あまりのことに、真っ青な顔をして楝姫と童はそそくさとその場から姿をくらます。
まさか……自分は騙されていたのだと豊雄はまたもや恐ろしくなった。一度は信じたものの、蛇が人間の振りをして自分に取り入り何をしようとしていたのだろうか。
あれだけのことがあったのだから、最初から信じてはいけなかったのだ、と自分の愚かさを恨むが今さらどうすることもできない。
「蛇はお主の美貌を気に入ったようじゃが、気を確かに持てば惑わされることはない。わしがどうこうする必要もないので、とにかく気をしっかり持たれよ」
ここにいてもどうしようもないと思った豊雄は、また紀州へと戻ることにした。
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