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26/30 結婚する
「妹が結婚して一年ぐらいやん、もう甘い新婚ムードとかあらへんで」
リョウはやれやれと呆れ顔で言う。みっつ年下の妹は、リョウの親友かつ片思いの相手と結婚し、意気揚々と家を出て行ったが、最近では実家に戻ると旦那への愚痴が増えた。一緒に暮らして初めて見えてくるものもあるのだろう。
にしても、早い。俺の大事な相手を奪っておいて……
なんて、リョウは別の意味でも不満だったりする。あの二人には幸せでいてくれないと、リョウ自身がいたたまれないのだ。
「俺らは二年以上経ってもこんなラブラブやのになぁ」
ぴっとりとアヤにくっつく。先ほどから聞くともなしに聞いているアヤは、うん、と適当に相づちを打った。そしてしばらく間を置いた後、
「一緒に暮らしてないからじゃないの」
真正面からド正論を食らわせた。
「うぐ」
リョウが言葉に詰まっているところへ、さらに追い打ちをかける。
「それに結婚してるかどうかでも違うだろ」
「う、ん、そうやね」
たたみかけられて一気に失速してしまったリョウ、ちょっと自棄になる。
「そんなんなるんやったら結婚なんかしたないわぁ」
「したくでも、できないしね」
「お、おう……」
こんなにも饒舌、というか、ポンポンと会話のやりとりがスムーズで途切れることなく、アヤから瞬時にレスポンスが返ってくるのは、珍しい。だが、
「もしかして……アヤは、したい?」
そう問いかければ、いつも通りレスポンスは滞る。
「……わからない。ただ、『家族』っていうものに、憧れてはいるかも」
家族に憧れている反面、嫌悪や恐怖も抱いている。未だに、一人で生きて一人で死んでいく方が気楽だと思っている節もある。だからやっぱり『わからない』のだ。
家庭環境に恵まれず、親の愛を知らずに育ち、現在は身内と呼べる存在もいない。そんなアヤからの言葉は、リョウにずっしりとのしかかった。それまで軽口を叩いていたのが急に申し訳ないような気持ちになった。
親に恵まれず、結婚して子孫を残すこともないアヤは、今までもこれからもずっとひとりきりなのだろうか。
ふたりはすっかり黙りこくって、各々考え込んでしまった。
事故に遭ったり、急病で倒れたり、さらに万が一の場合、家族でもなくて一緒に暮らしてもないふたりは互いに知る由がないと、リョウがアヤに不安を訴えたことがあった。その時は、会う頻度を上げるというなんとも解決になっていない妥協案で切り抜けたわけだが、リョウは帰宅に戻った後、あれこれ調べてみていた。
同性パートナーシップ制度も興味を引かれたが、遠距離交際中のふたりにはその資格もなかった。
まずはやはり、一緒に暮らすことが先になってしまう。
急かしたくはないけれど。
「んー……俺はどんな形であれ、今もアヤの家族やと思ってるよ」
「うん」
「家族であり、友人であり、恋人であり……」
「「人生の伴侶」」
最後はふたりの声が重なったので、互いに笑った。
「これ……」
リョウがおもむろに取り出したのは、あの時のリング。
「アヤに先越されて、出番なく引っ込めてたんやけど、重ねづけ、せえへん?」
アヤから指輪を伴ってプロポーズされた時、実はリョウも指輪を用意していたのだ。現在ふたりが身につけているのはアヤが準備したもの。
今度はリョウが、アヤの手を取り、すでに装着されている上からさらにもうひとつ、指輪を重ねた。そしてその手を両手で包みこみ、アヤの瞳をまっすぐに見据えた。
「アヤを今後絶対に、ひとりにしないことを、誓います」
「リョウ……」
「ずーっと俺のアヤでいてな」
へへっと笑うリョウは、珍しく照れているようだ。
「……もちろん、喜んで」
あさってを見つめながら答えるアヤの瞳は、少し潤んでいるように見えた。
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