ヨウタのおかし選び

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ヨウタのおかし選び

 ぼくはかつてないくらいに悩んでいた。こんなに苦悩するのは小学校のテスト中でもなかなかない。  どちらを買うべきか。どちらを諦めるべきか。  葛藤の中、非情にもお母さんのカウントダウンは続いている。数え終わるまで、残りわずか。  どうしてこんなことになったのか。ぼくは頭をフル回転させながら、頭の片隅でことの始まりを思い返した。  週に一度、夕方のお母さんの買い物に同行して『はてなまんチョコ』を買うのが、最近のぼくの楽しみだ。  はてなまんチョコとは、『はてなまん』をはじめとしたオリジナルキャラクターが描かれたシールと手のひら大のウエハースが一緒に入っている、子どもに大人気の商品だ。単価は50円。ぼくの毎月のお小遣いは200円だけど、それでも月に4回は買うことができる。シールは全部で30種類あり、こつこつ集めてやっと残り1枚まで揃えた。こうなると絶対に制覇したくなる。  スーパーマーケットに到着すると、ぼくはすぐに車から降りて意気揚々とおかしコーナーへ向かう。常連と言っていいほどこの一角へ通っているので迷うことはない。目当ての代物の前に立ち、手を伸ばした。そのとき。 「なん、だと……」  衝撃が走った。はてなまんチョコの横に置いてある商品『アニメチップス』 に目が釘付けになる。  ポテトチップスのおまけとしてカードが入っているこの商品。税込100円。先週まではプロ卓球選手のシリーズだったはずだが、アニメシリーズへと路線変更したらしい。大人の事情というやつだろうか。  しかし、それだけなら何も思わなかった。問題はそのアニメの内容。ぼくが物心ついたときから毎週欠かさず見ている『バーチャルモンスター(略してバチャモン)』じゃないか!  バチャモン——。現実世界で起きている事故や災害は、実は仮想世界にいる悪いモンスターたちの仕業(しわざ)だった。その所業を止めるため、現実世界の選ばれし少年少女が仮想世界に転送される。そこでパートナーとなるバチャモンたちと一緒に冒険しながら数々の困難を乗り越えて成長する物語だ。  老若男女に絶大なる人気を誇っており、なかでもモンスターのデザインがとても秀逸。子ども心をつかむ4K(かっこいい、かわいい、きれい、気高い)がしっかり揃っているのも特筆すべき点だ。  そのカードが手に入る。さらにスナックはみんな大好きポテトチップス。正直ウエハースはもう食べ飽きていた。  今日は月の3週目。はてなまんチョコをすでに2回買っているが、残額はちょうどアニメチップスひとつ分だ。買える。ぼくは手を伸ばす方向を変えた。  だがしかし、と動きを止める。はてなまんチョコのシールはあと1枚でコンプリート。ここまできて諦めるわけにはいかない。それに、ここでアニメチップスを買ってしまったら来月までおかしのない生活となる。果たしてぼくは耐えられるのか。答えはNOだ。  だがしかし、アニメチップスを買いたいという抗い(がた)い衝動に駆られているのも事実。袋に表示されたバチャモンのラインナップがぼくを誘惑しているように思えた。それに、はてなまんチョコのシールはランダムで入っているから、手持ちと同じ種類が出る可能性は非常に高い。  だがしかし、はてなまんチョコは。  だがしかし、アニメチップスは。  だがしかし……。  ……。 「ヨウタ! いつまでおかし選んでるの!」  声をかけられ意識が現実へと戻る。慌てて振り向くとお母さんが近所のおばさんと一緒にこちらを見ていた。井戸端会議が終わっている。いつもならぼくが先に買い物を済ませてお母さんを待つ側なのに。 「それじゃあセイコさん、また近いうちに」 「はい。旦那様にもよろしくお伝えください」  主婦特有の言葉尻を上げる挨拶を交わしたあと、お母さんは再びぼくに向き 直った。 「もう買い物済ませたから帰るわよ」 「あと少しだけ……」 「いつもはそのチョコ買ってるじゃない。早くしなさい」  そんな無情な。くだらないと思うだろうけど、ぼくにとっては死活問題なんだ。()かすならここでお小遣いをくれたっていいじゃないか。そう言いたかったが、そんな甘えは我が母に通用しない。 「セイラの即決力を見倣いなさい。ほら、もう行くからカウントダウンするわよ。10、9、8……」  何事も即断即決するお姉ちゃんと比べられたら敵わない。それに、カウントダウンが始まってしまった。お母さんのカウントダウンは絶対順守。ゼロになった瞬間に母は情報の一切を遮断し自分の行動に移る。泣いてもごねても無駄というのは過去の経験から痛いほど身に染みていた。それでもぼくは、まだ決められない。 「5、4、3……」  右手にははてなまんチョコ、左手にはアニメチップス。判断材料がありすぎて、もう何がなんだかわからない。頭はパンク寸前だ。  いっそだれか決めてくれ! そう願ったときだった。 『こっちの方がいいんじゃない?』  どこからともなく聞こえてきた声に、ぼくはハッとした。そして反射的に片方を棚に戻しすぐさまレジに向かう。お母さんはため息をつき「車に戻ってるから」と言って歩き出した。  無事に購入を終えたぼくは車へと向かう。たどり着くまでの間、先ほどの声について考えた。  あれはだれだったんだろう。女の子の声だった気がするけど、聞き覚えがないな……。  いくら考えても答えは出なかった。もしかしたら極限状態のぼくが生み出した幻聴なのかもしれない。なんだかそんな気がしてきた。  自分なりの答えを出したころに母の待つ車に到着する。後部座席に乗り込み、ぼくは考えるのをやめておかしの袋を開けた。
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