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セイラの恋愛相談
「どっちとも付き合ってみれば? 二股ってやつ」
放課後のだれもいない教室。わたしとヨウコは窓際の席で向かい合いながら話している。ヨウコは慌ててかぶりを振り、わたしの意見を否定した。
「そんなことできないよ。ふたりにちゃんとお返事したくて、セイラちゃんに相談してるのに……」
「ごめんごめん。でも、そんなに悩むことかなぁ」
何事も即断即決するわたしとしては、どっちとも遊んでみていいなと思った方と付き合うのがベストだと思ったんだけど。でもたしかに、引っ込み思案なヨウコにはハードルが高いかもしれない。
現在、ヨウコはふたりの男子から告白されている。
一人目はクラスのリーダー的存在であるタイヨウ。元気で明るく、だれとでも分け隔てなく接するタイプの男子。そのうえサッカー部のエースだから女子にモテる。一方勉学はおろそかなようで、授業中はよく寝ていて先生からしょっちゅう怒られていた。わたしも同じような類だから気が合い、よく一緒に遊んでいる。
二人目は優等生タイプのケンセイ。テストの成績は毎回学年トップ。いつもひとりで何かしらの本を読んでいた。かと言って友達がいないわけじゃないようで、クラスの男子と気兼ねなく会話しているのを見かける。わたしもときどき話しかけに行くけど特に嫌がられはしない。物静かでクールな雰囲気が女子に好評だ。
そんな注目の的である二人から告白されるとは。
「モテる女はつらいねぇ」
にやにやしながらそう言うと、ヨウコは顔を真っ赤にして俯いてしまった。つい意地悪したくなって再び訊ねる。
「なんて告られたんだっけ?」
ヨウコはごにょごにょと口を動かしている。
「だから、タイヨウくんには『花を世話しているときのお前のやさしい笑顔に惚れた。付き合ってくれ』って言われて……」
「うんうん」
「ケンセイくんには『本を読んでいるときのキミのやわらかな表情が好きだ。恋人になってほしい』って……」
「あちゃー。語らずとも、学年人気TOP2を恋に落とすとはなんたる手練れ。魔性の女ここに現る!」
「もうっ、からかわないでよ」
ヨウコは耳まで赤くして身を縮こまらせている。もじもじと体を揺らしていて、思わず襲いたくなるような小動物感が滲み出ていた。いやこれはたしかにかわいい。ヨウコ、恐ろしい子。
昔からガーデニングと読書が趣味のヨウコは、小中高ともに園芸部と図書委員に所属している。サッカー部のタイヨウは花壇で花の手入れをするヨウコの姿を、読書家のケンセイは図書室の受付で本を読むヨウコの表情を見続けて恋心を抱くようになった、というわけだ。
「もしセイラちゃんだったら、どっちと付き合う?」
「そうだなー。わたしだったらタイヨウかなー。馬鹿だから話が合うし」
でも! とわたしは胸の前で指を組みうっとりした声を出す。
「やっぱり一番はパパだよね! 職人気質で頼り甲斐があって筋肉質で寡黙で、なのに笑顔がかわいくてママへの愛情はたっぷりでいつでも家族想いで……」
「セイラちゃん、本当にお父さん大好きだよね」
ヨウコが少し体を引いている。おっといけない、また暴走するところだった。
わたしとヨウコのパパは高校時代からの親友で、今は仕事のパートナーとして行動を共にしている。プライベートでも仲が良いので、わたしとヨウコは幼なじみとして育ってきた。
わたし自身男友達は多いが、彼らに恋愛感情を抱いたことはない。無意識にパパと比べているんだと思う。何回か告白されたが、それを理由に断るとファザコンだと認識されて次第に恋愛イベントはなくなった。ちなみに年下は論外だ。弟もいるし。
「で、結局どうするの。二股が嫌ならどっちか選ばないと。2週間くらい待ってもらってるんでしょ? 決められないなら一旦断るってのもありなんじゃないかな。直接言うのがつらいなら、わたしが代わりに伝えてきてもいいけど」
「ありがとう。でも……」
下を向くヨウコ。
「恋ってよくわからないけど、付き合ってみたい、かも」
頭からのぼる湯気が見えるくらい赤面している。かわいいなぁ。
さてはてどうしたものか。腕を組み椅子にもたれかかって天井を仰ぐ。
タイヨウのようにちょっと強引なタイプの方が、控えめなヨウコをうまくリードしてくれるだろう。そう考えるとお似合いな気もする。ただあいつ馬鹿だからなぁ。気を使い過ぎて大変な思いをするヨウコの姿が目に浮かぶ。
一方のケンセイは趣味が合うから気疲れしなさそうだし、お互いの意見を尊重しながら付き合っていけそうだ。だけど、本以外の話題でちゃんとヨウコと会話ができるのか。恋愛のコミュニケーションに難ありと予想。
自分のことならスパッと決断できるのに、他人の相談となるといろいろ考え過ぎて答えがまとまらない。大事なヨウコのことならなおさらだ。
姿勢を戻し机に頬杖をついた。ふとヨウコに視線を向けたとき、
「は?」
ヨウコの肩に妖精——小さいころ読んだ絵本のキャラクターにそっくり——みたいなやつが座っていた。そいつはわたしにほほえんだあと、ヨウコに何か耳打ちした。直後、ヨウコは勢いよく顔を上げ、わたしを見て興奮した様子でしゃべり出した。
「セイラちゃんの言う通りだよ! 彼の魅力はそんな表面的なところじゃないよね。わたし、言われるまで全然気づかなかった」
「え? わたしは何も」
「ありがとう! 明日、勇気を出してお返事してみるね。セイラちゃんに相談に乗ってもらって本当によかった」
興奮冷めやらぬままヨウコはわたしに感謝を述べている。ヨウコの肩に視線を移すと妖精はいなくなっていた。
わたしの見間違い? それとも本当は、わたしが無意識のうちにヨウコに何か言ってた?
何がなんだかわからなかったけど、ヨウコの悩みは解決されたようだし、まぁオールオッケーというやつだ。
「それじゃ帰ろうか」
そう言ってわたしは立ち上がる。ヨウコも続けて席を立ち、わたしの横に並んで教室を出た。先ほどとは打って変って落ち着いた様子のヨウコは、頬を赤く染めてやんわりとはにかんでいる。
どっちを選んだんだろう。訊ねてみたかったが、この雰囲気で聞くのは野暮ったい。答え合わせは明日にするか。
それに今は横にいる幼なじみとの時間を大切にしたかったので、わたしはそれ以上深く考えるのをやめた。
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