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「では状況の再確認と意見交換をしましょう」
俺はもう拭くところがなくなったレジ周りを無理やり掃除しながら頷いた。
「客は全部で三人。若いカップルの二人。その結婚を反対する父親。ここまではよくある構図ですが……、父親が反対するにはちゃんとした理由がある。それが彼氏の浮気です。その浮気の件をなぜか娘がバラした。それはなぜか」
「客じゃなくてお客様な」一応俺は先輩としてツッコんでおく。
結婚を承諾にしてもらうにあたって不利な情報をあえて伝えた理由。
そうだな。
「……嘘を言いたくなかったんじゃないのか? なにもかもを話した上で父親に結婚を認めて欲しかったとか」
「なくはないです。しかしそうであれば、娘が彼氏に事前に相談して然るべきでしょう。でも浮気のことをバラされたときの彼氏の反応は寝耳に水だった。それはもう真っ白な顔をしていましたよ」
じゃあこの案はダメか。
「……では娘にとって浮気は既に過去のことで、笑い話のつもりだった。だから父親がこんなに怒って反対するとは思わなかった、というのはどうだ?」
「それも違います。ユウさんは見ていなかったですけど、娘は言葉を選びながら浮気の件を話していました。とても軽い感じじゃなかった」
となると……。
「じゃあ父親が過去に浮気したことがあって、彼氏と共通の話題ができると思ったからだ」
「……ユウさん、真面目にやっています?」
失敬な。俺はいつだって真剣だ。
「ね? 難しいでしょう?」
たしかに簡単ではない。でも情報量が少ないのだから仕方ないだろう。
そうやって俺と佐藤が考えていると乾いた鐘の音が店内に響き渡る。
俺らは同時に入れ口をみた。
女性がひとり立っていた。三十代後半くらいだろうか。
それにしてもやけに美人だ。
どこかで見たことがあるような気がする。芸能人かなにかか?
派手さはないが大和撫子な淑やかさがあった。
佐藤が応対する。
「いらっしゃいませ。おひとり様でしょうか」
「いえ、待ち合わせです。三人の席はありませんか。男二人と女一人の」
女性がそう言って、俺と佐藤は顔を見合わせた。
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