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言葉だけじゃない。表情も意地悪なそれだった。
「だって、佐藤の反応が面白いから、つい」
「ええっ……」
わたわたするわたしを見て、くすくすと笑う吉田くん。
意外……知らなかった。吉田くんって、こんな一面もあるんだ……。
「そうだ。イチゴができたら、ちゃんと教えてよ」
「……吉田くんが覚えていたら、問題ない話だと思う。それで五月になったら、聞いてきてくれたら良いんじゃないかな?」
「それはそうだけど、自信ない……つか、何それ。今の、意地悪した仕返し?」
「む……」
どうやら、自覚はあるらしい。やっぱり意地悪だったんだ、さっきの。
「何。佐藤、怒ってんの? 珍しい。つか、全然怖くないんだけど、それ。むしろ、可愛いから」
「………………えっ……」
「じゃあおれ、こっちだから。ちゃんと食べたい物決めとけよ。また明日な」
普段通りの澄ました顔で、手を振り歩いて行く吉田くん。
わたしはバイバイも言えずに、小さくなっていく黒いランドセルを見つめていた。
「か……」
可愛いって、言われちゃった……。
さらりと落とされた爆弾に、ただただわたしはその場に固まる。
これ、夢じゃない? わたし、ちゃんと起きてる?
今日って、星座占いのランキング、上位だったっけ? 覚えてないや。
でも、とにかくすごく嬉しい。
彼の言葉を、声を思い出しただけで、全身の体温が急上昇する。
叫び出したいくらい、感情が体の中で暴れていた。
わたしは、走り出す。
イチゴが、ものすごく好きになれそうだった。
「お母さん、イチゴはいつ植えるの?」
帰宅したわたしは、真っ先にキッチンに立つお母さんの元へと駆け寄った。
いつもは、植えるところを横で見ているだけだけど、今年はわたしも育ててみたい。
初めてだけど、上手くできるといいな。
そうしたら、いっぱいのイチゴを吉田くんと食べられる。
そんな未来が、来たらいい。
想像するだけで、わくわくしてくる。
大きく、甘く育てたい。
きっと、なるよね。
だって、愛情だけは、誰よりもいっぱい注げられる自信があるから。
お母さんは、突然わたしがそんなことを言うものだからびっくりしていたけれど、次の休みに天気が良ければ植えると言った。
一緒に植えることを約束して、わたしは部屋へと向かう。
お気に入りの、猫型をした大きなクッションを抱きしめて、今日あったことを思い出していた。
今日は、幸せな夢が見られそう。
膝の怪我は、すっかり痛くなくなっていた。
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