嘘吐きイノセント

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 同じクラスにいても、あまり接点のないわたしたち。今までは、用事がある時しか話したことはなかった。  だけど、今は違う。  先月の小さな勇気が、わたしに幸運をもたらしていた。 「佐藤。餌って、これくらい?」  わたしに話し掛けてきたのは、吉田くん。当番を忘れちゃう彼に声を掛けたり、活動内容に不慣れな彼からこうして質問を受けたりと、今では少しながらも会話をすることができていた。 「うん。それくらいで、大丈夫だよ」  といっても、教室では相変わらずだから、話すのは当番の時くらいだ。  それでも、やっぱりこれは飼育園芸委員に立候補したから得られた現状なのだと思うと、あの時の自分を褒めてあげたくなる。  本当に、諦めなくて良かった。一歩踏み出せたことで手に入れた現在に、幸福感が宿っている。  しかし、そんな週二回の当番の日を楽しみに過ごしているわたしには、一つ気掛かりなことがあった。  もうすぐやってくるイベントに、恐怖しているのだ。  その名は、運動会―― 「あっつ……」 「今年は、ずっと暑いね」  風が吹けば幾分か和らぐのだが、まだまだ暑い日が続いていた。  吉田くんが、動物たちに視線を向ける。 「うさぎもニワトリもずっと日陰だから、マシかな」 「うん。一応、先生がこまめに体調をチェックしているみたいだよ」 「散歩の時間も短くしろって、言ってたしな」  お世話を一通り終えて、小屋から離れる。  昼休みは、もうすぐ終わりだ。教室へ戻るべく、わたしたちは校舎へ向かう。  話すなら、今だと思った。 「あ、あのね。この前の日曜に植えたんだ、イチゴ。今年は、わたしも挑戦することにしたの」 「へえ、佐藤も? それって、おれのため?」 「えっ……」 「おれが、食べたいって言ったからじゃないの?」  正直に「そうだよ」とは、恥ずかしくて言えなかった。  イチゴが好きな吉田くん。以前、学校で育てるイチゴは食べられないと知り、残念がっていた。  そんな彼のために植えたイチゴだったのに、わたしは口籠もってしまっていた。 「……、イチゴといえば、佐藤。食べたい物、決めた?」 「あ……」  すっかり忘れていた。吉田くんは、イチゴをあげる代わりに、何かくれると言っていた。  その代わりとなる食べ物を考えておいてと、言われていたのに……。 「もしかして、まだ悩み中?」 「う、うん……」 「そんなに、食べたい物がいっぱいあるんだ?」  くすくすと笑う吉田くん。
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