26人が本棚に入れています
本棚に追加
「勝ったって、楽しくなかったら疲れるだけだろ。だったらおれは、勝っても負けても、楽しい方が良い」
その言葉は、まるで魔法みたいだった。足を引っ張らないように、勝てるようにと強ばっていたわたしの体をほぐしてくれるような、そんな優しさがあった。
「わ、わたしも、楽しいのが良い!」
「じゃあ、おれたち一緒だな」
「うん」
「佐藤って、何に出るの?」
「わたしはね――」
それからわたしたちは、かおりちゃんや木村くんが来るまで、おしゃべりをして過ごした。
時間になった頃、クラスメイトたちに交じりながら四人で校庭へ向かう。
六年一組のスペースへ水筒やタオルなどの持ち物を置いて、所定の位置へ並んだ。
そうして始まった運動会は順調に過ぎていき、やがてお昼になった。
「苺樺、こっちよ」
「お母さん!」
みんなそれぞれ、両親や家族のひとの元へ向かう。わたしも家族と合流した。
「おねえちゃん、おべんとうだよ」
「ありがとう」
「玉入れも綱引きも、頑張ったわね」
「玉入れなんか、十個くらい入っていただろう」
「そんなに入ってないよ」
「いや。それくらい入っていた」
楽しそうに、わたしが参加していた競技の様子を語ってくれる両親に、少し恥ずかしいと感じつつも、嬉しくなる。
わたしの好きなものがいっぱい入っているお弁当を食べて、周りの子たちが友達と遊び始めた頃、わたしは立ち上がった。
「トイレ行きたいから、このままもう行くね」
「おねえちゃん、もういっちゃうの? やすみじかん、おしまい?」
「そうね。また一緒にお姉ちゃんの応援しようね」
「おうえんする! おねえちゃん、がんばってね」
無垢な視線に、笑みを返す。
緊張がだいぶとほぐれているのを感じた。
「午後は、二人三脚ね。落ち着いて頑張るのよ」
「ここで、応援しているからな」
「うん。ありがとう」
家族に手を振り、トイレに行ってから席に向かう。プログラムを確認した。
「えっと……応援合戦があって、それから……」
席に一人でいると、ふいに手元へ影が落ちた。
顔を上げると、そこにいたのは松井さんだった。
「朝、教室で吉田くんとしゃべってたよね?」
「え……うん……」
「仲良いの? 二人が用事以外で話してるの、初めて見た」
「えっと……委員会が一緒だから。たまに、話すよ」
「ああ、飼育委員だっけ。それで」
じっと見つめられて、居心地が悪い。わたしは何も悪いことなどしていないのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。
「吉田くん、優しいでしょ」
最初のコメントを投稿しよう!