嘘吐きイノセント

8/13
前へ
/94ページ
次へ
「勝ったって、楽しくなかったら疲れるだけだろ。だったらおれは、勝っても負けても、楽しい方が良い」  その言葉は、まるで魔法みたいだった。足を引っ張らないように、勝てるようにと(こわ)ばっていたわたしの体をほぐしてくれるような、そんな優しさがあった。 「わ、わたしも、楽しいのが良い!」 「じゃあ、おれたち一緒だな」 「うん」 「佐藤って、何に出るの?」 「わたしはね――」  それからわたしたちは、かおりちゃんや木村くんが来るまで、おしゃべりをして過ごした。  時間になった頃、クラスメイトたちに交じりながら四人で校庭へ向かう。  六年一組のスペースへ水筒やタオルなどの持ち物を置いて、所定の位置へ並んだ。  そうして始まった運動会は順調に過ぎていき、やがてお昼になった。 「苺樺、こっちよ」 「お母さん!」  みんなそれぞれ、両親や家族のひとの元へ向かう。わたしも家族と合流した。 「おねえちゃん、おべんとうだよ」 「ありがとう」 「玉入れも綱引きも、頑張ったわね」 「玉入れなんか、十個くらい入っていただろう」 「そんなに入ってないよ」 「いや。それくらい入っていた」  楽しそうに、わたしが参加していた競技の様子を語ってくれる両親に、少し恥ずかしいと感じつつも、嬉しくなる。  わたしの好きなものがいっぱい入っているお弁当を食べて、周りの子たちが友達と遊び始めた頃、わたしは立ち上がった。 「トイレ行きたいから、このままもう行くね」 「おねえちゃん、もういっちゃうの? やすみじかん、おしまい?」 「そうね。また一緒にお姉ちゃんの応援しようね」 「おうえんする! おねえちゃん、がんばってね」  無垢な視線に、笑みを返す。  緊張がだいぶとほぐれているのを感じた。 「午後は、二人三脚ね。落ち着いて頑張るのよ」 「ここで、応援しているからな」 「うん。ありがとう」  家族に手を振り、トイレに行ってから席に向かう。プログラムを確認した。 「えっと……応援合戦があって、それから……」  席に一人でいると、ふいに手元へ影が落ちた。  顔を上げると、そこにいたのは松井さんだった。 「朝、教室で吉田くんとしゃべってたよね?」 「え……うん……」 「仲良いの? 二人が用事以外で話してるの、初めて見た」 「えっと……委員会が一緒だから。たまに、話すよ」 「ああ、飼育委員だっけ。それで」  じっと見つめられて、居心地が悪い。わたしは何も悪いことなどしていないのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。 「吉田くん、優しいでしょ」
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加