嘘吐きイノセント

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 そう告げると、吉田くんは黙ってしまった。その目は、少し(みは)られている。  わたし、見当違いなことでも言ったかな……? 「佐藤って、不思議」 「え?」 「何でもない。ねえ佐藤、今って時間ある?」 「え……まあ、そうだね」 「じゃあさ、練習しようよ。二人三脚」 「練習?」  頷いた吉田くんは、いつもの表情をしていた。  クールな澄ました顔の中で、目元と唇が小さく笑っている。 「朝は、勝ち負けより楽しもうなんて格好つけたけど、自信がないとそれも難しいよなって思ったんだ」 「自信……」 「そ。大丈夫って、楽しむための自信。いっぱい練習したら、佐藤もそう思えるかなって」  吉田くんが、わたしのことを考えて――?  そんなの、断る理由なんてあるはずない。 「そうだね。わかった。練習、お願いします!」  勢いよく頭を下げる。頭上から、優しい笑みが降ってきた。 「こちらこそ…………ありがとう」 「え? 今、何て――」 「こちらこそって、言っただけだよ」 「そ、そう?」  何だか、他にも聞こえた気がしたんだけど……気のせいだったのかな?  わたしは疑問を頭の隅に追いやり、吉田くんとの練習を始めることにした。  そうして何度か繰り返した頃、休憩時間がもうすぐ終わるというアナウンスが流れた。 「タイムリミットだな。行こう」 「うん……」  結局、成果を得られたという手応えはなかった。  せっかく、わたしのために練習を提案してくれたのに、申し訳なくなってしまった。  不安を残したまま、午後のプログラムが始まる。  そうして、二人三脚の番になった。  吉田くんと片足ずつ、結ぶ。順番待ちをしていると、隣から優しい声がした。 「佐藤、不安?」 「……、うん……ごめんね、吉田くん。楽しみたいって言っていたのに、こんなわたしが一緒じゃ、気になって楽しめないよね」 「おれは、そんなこと思ってないんだけど」  どこか怒ったような声音に、驚いて隣を見る。  吉田くんはいつもの表情だったけれど、目が真剣だった。 「佐藤が楽しみたいって言ってたから、おれは楽しんで欲しいって思ってるだけ。だから、謝って欲しいなんて思ってない」 「吉田くん……」 「……ごめん。怖がらせた」  ふいと目を逸らす吉田くん。わたしは慌てて、口を開いた。 「怖いなんて思ってないよ。だから、吉田くんも謝らないで」  じっと見つめると、吉田くんも視線を戻してくれた。  ふ、とクールな顔に、小さな笑みが浮かぶ。 「やっぱり、佐藤って不思議」 「え?」
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