臆病カレッジ

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 同じ委員のメンバーである男子の名を挙げながら歩くかおりちゃん。その手は、ポキポキと指を鳴らしていて、不穏だ。  わたしは、あははと苦笑しながらも、そっと一人の顔を思い浮かべていた。  吉田弥生(やよい)くん。今年の春にこの地域へ引っ越してきた、転校生。  いつのまにか好きになっていた、同じ飼育園芸委員のメンバーだ。  彼の名前を聞くだけで、顔を思い浮かべるだけで、わたしはどきどきしてしまう。  じゃんけんで一緒に勝ち残った時は、すごく嬉しかった。  飼育園芸委員になれたことよりも、吉田くんと同じ委員になれたことの方が、わたしには大きかった。それだけで、もう幸せって思った。  担当曜日の火曜と木曜には、いつもちょっとだけ期待して、苦手な朝もばっちり目が覚める。苦手な体育があっても、学校に来るのが楽しみになる。今日は来ているかなって、きょろきょろしてしまう。  だけど、来ていたのは月初めだけで、今はもうかおりちゃんの怒りの標的だ。  それでも、姿を探すことをやめられない。  わたしは、期待することをやめられないでいた。 「あ、いた! 木村! 吉田!」  ふいに隣から上がった怒声。  弾かれるように顔を上げると、そこには木村くんと吉田くんがいた。  振り返った吉田くんと、目が合う。 「うわ、山本だ! 逃げるぞ、弥生!」 「待てー!」  木村くんに連れられて、逃げる吉田くん。そんな二人を追いかけていく、かおりちゃん。  わたしはというと、あわあわと戸惑いながら、走り去っていく三人の背中を見ているしかなかった。 「あーあ……行っちゃった……」  ぼそりと呟くも、もう誰の影も見えない。  いつものことだが、こういう時にどうすればいいか、わからないでいる。 「とりあえず、教室に行こう……」  とぼとぼと歩きながら、一組を目指す。  わたしは、溜息を吐いていた。 「また、おはようって、言えなかったな……」  少しの残念と、だけどという喜びと。 「目が、合っちゃった」  こんなことで浮かれるわたしって、遅れているのかな?  他の子は、彼氏ができたとか、デートしたとか、よく楽しそうに話している。  でもわたしには、想像もできない。  毎日顔が見られて、声が聞けて。それだけで、こんなにも楽しい。  そりゃあ、特別な存在になれたら……とかって、考えたりはするけど。そういうのは、よくわからない。  女子同士で集まっていると、時々好きなひとの話になるけど、いつもわたしは『いない』って嘘を吐いてしまう。
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