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立ち止まったわたしの前方に回り込み、しゃがむ吉田くん。
今日はスカートだったから、膝が直接地面に接触して、擦り傷ができてしまっていたようだ。
彼の言うとおり、じわりと血が出ている。
「痛いでしょ。保健室行くよ」
そう言って、歩き出す吉田くん。
わたしが戸惑って動けないでいると、彼は引き返してきてくれた。
「佐藤、どうした? もしかして、歩けないくらい痛い?」
尋ねる声は優しくて、傾げる首が少し可愛い。わたしのことを心配してくれているのに、申し訳ないくらい違うことを考えていた。
「佐藤?」
「へっ……あ、う、ううん。大丈夫……」
「じゃあ、行くよ」
そう言うと、なんと吉田くんは、今度はわたしの手を引いて歩き出した。
手は引かれるし、心配してくれたし、保健室へ連れて行ってくれるし、笑わないでいてくれたしで、わたしの頭の中はもうパニックだ。
「先生、佐藤が怪我した」
「あら、どうしたの? 転んだ? 土がついているわね。傷口を洗いましょうか」
保健室の先生に促されて、椅子に座る。
道具を取りに棚へ向かう先生を待っていると、吉田くんがそばにいてくれていることに気が付いた。
ちらと見上げた吉田くんは、いつものクールな表情で窓を見ている。
視線を辿ると、校舎の前でドッジボールをやっている集団が見えた。
「吉田くん。その、連れてきてくれてありがとう。わたしなら、もう大丈夫だよ。掃除もやっておくし、遊んできて」
「……何で?」
やや訝しむような表情で返される。わたしは、思ったことをそのまま伝えた。
「え? 何でって……ドッジボールを見ていたみたいだから、したいのかなって思って……違った?」
わたしの言葉に、わずかに吉田くんの目が瞠られた。わたし、何かおかしなことを言ったのかな……?
「やりたいけど、いい。まだ、当番終わってないし。それに、朝は忘れてたから」
「……忘れてたの?」
「忘れてた。火曜も、その前も。……ごめん」
「そうだったんだ……」
「たまに思い出すんだ。明日、当番だなって。でも、忘れる」
いつもクールで、成績優秀な吉田くん。そんな彼のお茶目な一面が見られた気がして、わたしは胸の辺りがくすぐったくなった。
ふふっと思わず笑みを零すと、吉田くんは罰が悪そうに目を逸らした。
「笑うなよ。忘れるのは、わざとじゃない」
「うん。ごめん」
嬉しい。優しくしてもらって、会話ができて。この時間すべてが、愛しく感じた。
「何も言わずに来たから、山本、怒ってるかな?」
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