臆病カレッジ

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 卒業……イチゴの実が赤くなった頃には、もうわたしたちは中学生。  まだまだ先のように思っていたけれど、何だか突然、身近に感じられた。 「佐藤、イチゴ好きなの?」 「え……っと、ふ、普通……」 「そっか。落ち込んでるように見えたから、食べられなくて残念がってるのかと思った」  食べられなくて、残念がる……わたしが?  ああ、そうか。さっきの様子は、落ち込んでいたんだ。  残念がっているから、わたしも同じなのかと思っての言葉だったんだ。 「よ、吉田くんは、好きなの? イチゴ」 「んー? 割と好き」  どうして、こんなにもときめくのだろう。  吉田くんの口から『好き』という言葉を聞くだけで、どきどきしてしまう。 「つか、詳しいな。イチゴ育てたことあんの?」  吉田くんが隣にしゃがみ込み、雑草抜きを始める。  時折ちょこんと当たる膝や腕に、心臓が壊れてしまいそうだと思った。 「えっと、うちのお母さん、ガーデニングが趣味で……」 「イチゴもあんの?」 「う、うん……」 「いいな。食えるじゃん」 「うん……」  楽しそうな声音に、わたしの胸まで弾んでしまいそうになる。  割と、とか言っていたけれど、実のところは、かなり好きなんじゃないだろうか。  ……言ってしまおうか。「食べに来る?」って。  さりげなく。さらっと。勇気を出して。  ――って、無理。無理無理無理無理。  やっぱり無理。そんなこと言えない。無理だよ。心臓が破裂しそうなくらい、ばくばくいっている。  この音、吉田くんにも聞こえてるんじゃないのかな? って心配になるくらい、すごく大きい。  わたしは、こんなことも言えない。  緊張して、声も出ない。  もっと上手くしゃべりたいのに。チャンスかもしれないのに。  わたしって、だめだな……。 「苺樺、ありがとー! お待たせー!」 「かおりちゃん」  そうこうしているうちに、日直仕事を終えたかおりちゃんが来てくれた。  ほっとしたような、残念なような。複雑な気持ちで、わたしはこっそりと溜息を吐いた。  そうして案の定、小屋で遊んでいる木村くんを見つけたかおりちゃんは、いつものように彼を追いかけ回し、賑やかなそれに吉田くんが巻き込まれていた。  そんな三人を、わたしはただ見ているだけ。  変わらない光景。いつもと同じ様子に、ぎゅっとスカートを握り締めた。 「よし。じゃあ、そろそろ帰ろうか」  しばらく暴れ回ったにも関わらず、かおりちゃんは元気だ。  当番の仕事を終えたわたしたちは、荷物やランドセルを手に校門へと向かう。
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