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「光雨。大変な事になった」
連歌会からわずか三日後。
十兵衛さまの息子、光慶さまが、血相を変えておれのところにやって来た。
「実はな、昨日、某と父上が、信長さまの呼び出しを受けたのだ」
連歌会で作った句は、寺に奉納される。それが信長さまの目に留まった。信長さまもまた、和歌に並々ならぬ関心がある人なのだ。
光慶さまは声を潜めて、おれに事の顛末を告げた。
「連歌を目にした信長さまは、こうおっしゃったのだ。
『“時は今 雨が下しる 五月かな”
光秀、これはおぬしが作った句であろう。
……時は“土岐”、つまり土岐源氏の血を引く明智家のことじゃ。雨が下しるとは、“天下を獲る”という事。…つまりは!』
信長さまは激情を抑えられない様子で、近くにあった杯を投げつけ、こう叫んだのだ。
『つまりこれは、わしを殺して天下を奪うという、謀反の意を詠んだ句なのだ! この大うつけ者が!』
杯は父上の頭にあたり、酒が着物を濡らした。父上は、まさか謀反の疑いをかけられるなんてと、衝撃を受けすぎて声すら出せないご様子だった。
たまらず某は声を上げた。
『…恐れながら、それは誤解にございまする!
父上がお詠みになった発句は、“永久は今 雨が下なる 五月かな”にございました。誰かが書き換えたのでございます。ですから…』
『キンカン頭の息子が、わしに意見するなど百年早いわ! 黙っておれ!』
信長は某をも罵倒し、父上を蹴り飛ばした。
信長さまの家臣たちは、遠巻きに嘲笑するばかりで、誰も助けようとはしなかったのだ……」
「……そんなことが」
絶句する光雨に、光慶は暗い顔でつぶやいた。
「父上は嵌められたのだ。信長さまは、謀反の疑いのある家臣には厳しい処罰を与える人だ。おそらく御父上には、厳罰が下されるだろう」
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