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「ようやった、光雨。これで天下は某のものだ」
手を叩きながら入ってきたのは、十兵衛さまの息子、光慶さまだ。後ろには数人の歩兵をひき連れている。
「光慶さま、どうしてここに…」
おれは茫然とし、はたと思い至る。
「…まさか、あの連歌を書き換えたのは、光慶さまなのですか…⁉」
「その通りだ」
ろうそくの灯りが、光慶の顔に深い陰影を作る。
この期に及んで笑顔なのが、妙に恐ろしい。
光慶は刀を抜き、おれに切っ先を向けた。
おれは信長の返り血を浴び、信長の血がべったりついた刀を持ち、じりじりと後退する。
…傍目には、光慶さまが主君の仇を追いつめているようにしか見えないだろう。
「光雨、おまえには、信長を弑した大罪人として、ここで死んでもらう。某はおまえを殺し、信長の仇を討つのだ。
…某は信長の死を悼むふりをしながら、なんなく天下を手に入れる、という算段だ」
にやりと歯を剥き出して、光慶さまは笑う。
「父上も武将だ。息子が天下を獲ったとなれば、さぞやお喜びになるであろうな」
おれはそれを聞き、抵抗をやめた。
そうだ、おれがここで死ねば、真相は闇の中。
光慶さまに騙されたのは確かだ。だが…。
「…おれの命ひとつで、光慶さまが天下人になられ、十兵衛さまがお喜びになるのなら…」
おれは刀を落とし、目を閉じ、心の中でこの世に別れを告げる。
そして無防備に両手を開き、光慶さまが刀を振り下ろす瞬間を待った。
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