時は今 雨が下しる 五月かな

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 おれが首を振ると、十兵衛さまは力なく笑いながら語ってくださった。 「おぬしは6才の頃、焼き討ちされた延暦寺から逃げてきたな。 …あの寺を焼いたのは、わしだ。わしは信長さまより、“延暦寺にいる者を皆殺し(なでぎり)にしろ”との命を受けていたのだ。 おぬしが延暦寺から逃げてきたと知った時、殺さなければならぬと思うた。だが殺せなかった」  十兵衛さまの瞳は、深い憂いに満ちていた。 「わしはこのような幼き子供の命までも奪っていたのかと、自分が恐ろしくてならなかった」  だからわしは、おぬしに光雨と名づけたのだ。十兵衛さまはそう告げた。 「自分の(いみな)を与えるのは、自分の分身のごとき大事な存在にだけ。だから普通は、自分の子にしか諱を与えぬ。 …おぬしを我が子のように大切にして、せめてもの罪滅ぼしをしたいと、そう思うたのだ」  十兵衛さまは遠い目をして、続けた。 「いつしかおぬしは間諜として、領民たちの本音を届けてくれるようになったな。 …おぬしが笑顔でいる時、領民たちも笑顔で過ごしている。おぬしが歎き悲しんでいるとき、領民たちもまた歎き悲しんでいるのだ。 光雨の幸せは、領民たちの幸せと同義。…わしはそう思うようになった」  血に濡れたおれの体を抱き、十兵衛さまは言う。 「光雨が笑顔であるように。 それだけを願い、これまで働いてきたのだ。 だから、おぬしは死んではならぬ。 ここから逃げ、生き抜いてくれ」  今まで十兵衛さまが行った、様々な政策。  あれは全て、おれのためであったのか。  おれの名前に、それほどの意味を込めてくださっていたなんて。 「十兵衛さま…!」  十兵衛さまと邂逅すると、いつも雨が降る。  まるで五月雨のように涙があふれ、止まらなくなった。十兵衛さまにすがりつき、おれは声をあげて慟哭した。
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