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本能寺は燃える。真相を闇に葬り去るために。
信長や光慶の死体を、炎が吞み込んでいく。
十兵衛さまは「信長を討った」という書状を各武将に送り、自分の軍隊を京に呼び、本能寺を包囲させ、その上で火をつけたのだ。
すべては、明智十兵衛が信長を討ったと誤解させるため。おれと光慶の罪を、お一人で贖われるため。
あれほどの知将であった十兵衛さまが、山崎の戦いで負けたのは、勝つ気がなかったからだ。でなければ、秀吉ごときに惨敗を期すはずがない。
ざあざあと雨の降りしきる河原。
晒し物にされた十兵衛さまの首を前にして、おれは自害したい衝動に駆られる。だが、そんなことはできない。
「光雨が笑顔であるように。
それだけを願い、これまで働いてきたのだ。
だから、おぬしは死んではならぬ。
ここから逃げ、生き抜いてくれ」
十兵衛さまの最期の願いを、無下にすることなどできない。おれは生き抜かなければならないのだ。
秀吉や家康はここぞとばかりに「光秀は卑怯な謀反人」と吹聴している。自分の家臣たちが裏切るのが怖いのだ。だから十兵衛さまの悪名を流して、「謀反を起こせば悪評がたち、一族が滅びるぞ」と脅しているのだ。
おれだけは知っている。真実を。
明智光秀さまが、どれほど素晴らしい人であったのかを。
それを伝えるために、おれは旅芸人となった。
村々を回り、歌に乗せて、明智光秀さまの一生を語り続ける。
いまだに“明智光秀は謀反人である”“残忍で狡猾な人物である”という世間の誤解は解けない。だが、おれは信じている。
いつかきっと、皆に真実が届く日が来ると。
【完】
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