時は今 雨が下しる 五月かな

2/18
前へ
/18ページ
次へ
 ごうごうと燃え盛る寺。  そこから逃げる、一人の少年がいた。 (死にとうない、まだ死にとうない…!)  あの侍どもは化け物だ。  寺に火をつけ、人々を刀で切り殺す。  丸腰の僧侶、命乞いする女、幼き子ども…、皆、容赦なく殺された。  生きたまま焼かれ、逃げまとう者たちの叫びが、耳に残って離れない。 (あんなの(いくさ)じゃない。ただの虐殺じゃないか…!)  おのれを殺すは、火の粉か、刀か、弓矢か。  想像するだに恐ろしい。  恐怖に心臓をわしづかみにされ、夜の獣道をひたすら走る。  ぽつりぽつりと雨が降ってきた。  雨は次第に強くなり、少年のゆく道を泥濘(ぬかる)ませる。 「はあ、はあ…。っあ…!」  泥に足をとられ、前のめりに倒れた。  裸足で駆けていたせいで、足のあちこちから血が噴き出し、ずきずきと痛む。  少年は、まだ数え年で6つだ。体力は限界だった。  どうやらおのれを殺すは、炎でも刃でもなく、飢餓と衰弱であるらしい。そう少年は悟った。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加