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「…それにしても、雨の月もいいものだな。一句詠みたくなってきた」
十兵衛さまはしばらく月をぼんやりと眺め、扇子を広げ、おもむろに一句詠み始めた。
「“十六夜の 雨にうつろふ 月灯り 希望照らさふ 人の道かな”」
「お見事にござりまする」
おれは感じ入った。
十六夜の月のことを“既望”とも言う。十兵衛さまはその月に、領民たちの“希望”をかけたのだ。なんと美しく、優しい句であろうか。
このお方は、信長の命令で戦に明け暮れ、領民のために駆け回り、忙しい日々を送っている。
五年前、妻の煕子さまが亡くなられてからは、十兵衛さまは和歌を心の拠り所にしている。
主君や領民のために身を粉にして働かれているのだ。たまには、趣味に没頭する時間があってもよいのではないか。
恐れながら、とおれは提案する。
「十兵衛さまの和歌の師匠、里村紹巴さまが、連歌会を開催してはどうかと申しておりました。いかがでございましょうか」
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