映画館1

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私がここでバイトを始めたのは、 単純に映画が好きだからである。 新作情報がすぐに手に入るし、割引もある。 従業員は皆映画好きだから 会話も盛り上がる。 仕事内容は、入場受付、フロア案内、清掃、 フード販売、グッズ販売など。 土日や長期休みは人でごった返すけど、 上映中はかかしの如く立ちっぱなし、 なんてこともしばしばだった。 「柳瀬さん、券売機対応おねがい。」 インカムからチーフの声が流れ、 わずかに顔をしかめる。 チーフのことが嫌いな訳でも、 命令が気に食わない訳でもない。 ただインカムというものが どうも好きになれない。 いくら拒んでも言葉が無理矢理 脳内へねじ込まれてくる感覚が なんとも不快だ。 この不快さを例えるならば、 上映中に断りもなく目の前を通り過ぎ、 しまいにはポップコーンを2、3個 落として行かれる感じ。 「柳瀬、了解です。」 ハキハキと控えめな声で返答をする。 ボリュームの配慮が必要といった点も インカムのマイナス面だ。 ここのところ6月初旬だというのに 蒸し暑い日が増えてきて、 避暑地を求めた客が映画館に押し寄せる。 エントランスで人の間を掻い潜って 券売機の方に向かうと、 お婆さんに声をかけられた。 昔はチケット売り場の窓口に従業員が居て、 ガラス越しに聞き取りながら 発券をしていたものだが、 最近ではどこの映画館も機械化している。 シニア割の効果もあって シニア層の利用が増えており、 こうして券売機の使い方について 聞かれることも日常茶飯事だ。 「あら、やあね。ありがとう。」 座席選択の変更だけで済んだ。 平日だというのに、 話題の新作なだけあって ほぼ満席状態だった。 一つ置きに席が埋まっていくのは 誠に日本人らしいが、 こちらとしては客入りに影響するので やめていただきたいものだ。
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