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side 凪
俺は母と、二つ違いの兄と三人で閑静な住宅地に住んでいる。
製薬会社に勤める父は地方の研究室に詰め単身赴任中であり、母は看護師をしているために夜間家を空けることも多い。
だが寂しくはなかった。両親に代わって、いつも兄がそばにいてくれたから。
今でこそ高校一年生で180センチを超える身長だが、子供の頃は同級生よりも小柄で人見知りが酷かった。
整った顔も災いして虐めとまではいかなかったが、嫌がらせをされることもあった。
兄はそんな俺を庇い、慰め、そばにいてくれたのだ。
(今じゃ俺が面倒みてるようなものだが…)
高校生の帰宅にしては遅い時間に、マンションの五階までエレベーターで上がる。
鍵を開け、玄関に兄の学生靴をみつけたが、室内の灯りはついていない。
廊下を進みリビングの明かりをつけて見ると…兄はすやすやとソファーで寝息をたてていた。
目元に掛かる少し伸び気味な前髪はしっとりと重い黒色だが肌の色は白く長い睫毛が暗い影を落としている。
すっと通った鼻筋に薄い桜色の唇。
ほっそりとした身体はソファーにすっぽりと収まり小さな子供のように見えた。
俺は抱きしめたい衝動は抑えたが、我慢できずに右手で兄の頬に触れ、つっと撫でると桜色の唇から吐息が漏れた。
「ん…」
眉間に申し訳程度に皴が寄り、俺は慌てて手を引っこめて何事もなかったかのように声を掛けた。
「晴くん、風邪ひくよ。部屋に行こう」
「あぁ凪、お帰り。僕、いつの間に寝たんだろう?」
「よく眠ってたみたいだけど、夕食は?」
「何だか疲れて…食欲ない」
「母さんが用意してくれた食事は明日にしようか」
「うん。そうする」
そう言って晴くんはソファーから立ち上がったが、ふらっと体が揺れた。
「晴くん、危ない」
細い身体を思わずぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。もう寝るよ」
そう言って目も合わさずに俺の胸をそっと押し返し、晴くんは自室に向かっていった。
俺は抱きしめるものがなくなった腕をそっと下ろした。
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