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サイド1・アルカディア。
かつてネオ・ジオンに占拠された事もあるこのコロニーは、それからか、その有り様も大きく変わってしまった。
「うう………」
「こわいよ………」
そこに居るのは、薄着を着た見目麗しい少年達。
古代ギリシャのそれを思わせる、ほぼ布の服を着せられ、「観客」達の欲望の混ざった視線を浴びながら、恐怖に震えていた。
自分達は、誰に「買われる」のだろうと。
買われて、何をされるのだろうと。
そして、地獄はもう一つ。
「だああっ!」
「やああっ!」
「観客」達が注目するもう一つの場所。
そこは、古代ローマのコロッセオめいた、装飾だけは美しい場所。
そこでは、同じように布同然の服を着せられた美しい少年達が、レプリカの刀剣を振るい、戦っていた。
特殊プラスチックで作られた刀剣は、相手を殺したり重傷を負わせたりする事はないが、それでも当たると痛く、打撲痕を作る。
今戦っている少年達は、特に見知った間柄ではない。
だから、今晩の夕食が少しでもよくなる為に、心置きなく相手に剣を振るえる。
「観客」達は、それを見てある者は興奮し、ある者は光悦を浮かべる。
ほどよく筋肉のついた少年の身体は、そそるのである。
そこに、傷や打撲痕が残るなら、もうたまらないのだ。
アルカディアは、人身売買の巣窟となっていた。
そこで取引されるのは、決まって美しい少年だった。
戦乱の時代が、歪んだ欲望を女のみならず、男にまで向けさせていた事。
そして、大衆が男が人身売買の被害に逢っても興味を示さず、ゆえに警察も軍も積極的に捜査せず、ほぼ捨て置いた事が理由だ。
この、アルカディアの夜をけばけばしい光で染める、スタジアムを模した競売場。
売り物である少年達の展示ベースと、その少年達を戦わせて楽しむコロシアムからなるそこには、大金裏金を握り締めた富裕層や、過去戦場で少年を「味わった」為にその味を忘れられない、連邦や元ジオンの軍人まで、幅広い「愛好者」達で溢れ帰っていた。
まさに、そこは宇宙世紀の時代に現れた末法であり、超古代から甦った旧約聖書のソドム・ゴモラだった。
「ホホホホホ………やはり少年はよい、美しい」
そんな、不自然な肉の欲渦巻く渦の中心にいるのは、この女。
古代日本の遊女に似せた、はだけた着物に、化粧を施した少年達を侍らせて、バイオ技術による若い肉体を保ったその妙齢の女は、
宇宙世紀の時代では貴重な日本酒を楽しみながら、怯え苦しむ美少年達を見て、妖しい笑みを浮かべていた。
名を「ミス・ガニメデス」。
表向きはアルカディアの市長である彼女は、その裏ではマフィアの女ボスをしていた。
彼女はアルカディアを権力と暴力で支配し、少年達を使い、己の欲望と金欲を満たしていたのである。
幸い………いや不幸にも、彼女が財源に困る事は無かった。
彼女のビジネスの商品である少年達は、その多くが戦害孤児だったからだ。
親も戸籍もない彼等を利用しても、誰も文句は言わないからだ。
おまけに、長く続いた戦乱の時代のお陰で、彼等はどこにでも居た。
そう、それはまさに末法の極みであった。
少年達は、歪んだ欲望の犠牲となり、傷つき、貪られ、いずれ朽ち果ててゆく。
彼等を苦しめるガニメデスに、立ち向かう者も、裁く者も現れない。
そこはまさに、地獄。
宇宙世紀が産み出した、宇宙のソドム・ゴモラであった。
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