146人が本棚に入れています
本棚に追加
「……アレックス……」
こんな時、アレクサンダーがいてくれたら──もう何度そう思ったことだろう。母を亡くした時やいじめを受けた時、そしてあの大罪を犯した時も兄は常にクリスの味方だった。
『お前は穢れてなんかいない。もしそんなものがあるとすれば、俺が全部引き受けてやるよ』
自分を見失いそうになる度、アレクサンダーは強くそう断言してくれた。そんな兄が消息不明になってからもう半年以上経つ。書類上は亡くなったということになっているが、クリスは今もアレクサンダーが生きているような気がしてならなかった。
「どうしていなくなってしまったの……」
その呟きが声になったのかはわからない。クリスが意識を喪失して間もなく、バスルームのドアが静かに開く。その隙間から覗いたのは細身の影とカジュアルなスニーカーの靴先だ。「忍び寄る」という名の由来どおり、ほとんど音を立てずにクリスへ近づくと、力なく横たわった彼を軽々と抱き上げる。その腕は決して逞しくはないが、若さと力強さに満ちた筋肉が躍動していた。
バスローブ姿のままクリスをベッドへ横たえると、その影は暖炉の両脇に設えている装飾柱のうち、右側の柱に手をかける。柱と壁の間には指先が入るくらいの隙間があり、その端の一番下に2インチほどの窪みが隠れている。その中に仕込まれた掛け金を外すと、半円形の柱は外見を裏切る軽やかさで開き、木製の隠し扉が現れた。幅も狭くて小さく、かなり古めかしい。影はベッドのクリスを名残惜しそうに振り返ったが、やがてその扉を開けて壁の中へと消えてしまったのだった。
* * *
最初のコメントを投稿しよう!