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邂逅
青年は角を曲がった所で立ち止まった。後ろにはもうだれもいない。恐らく、あの女は別段追いかけるような事をしなかったであろう事が考えられる。振り返った青年は暑さを感じる夏の雑踏の中で、爽やかな笑顔を浮かべながらダンカーの手を離した。
「腕、引っ張ってしまってすみません。なんだかお困りみたいだったので」
謝る青年の言葉には特に後悔は感じられなかった。その口ぶりから、青年が心からの善意でダンカーを救出しようとしたのだろうと考えられる。何も言わないダンカーに対し、青年は少し不安そうに眉尻を下げた。
「もしかして、ご迷惑でしたか?」
「いや、助かった。ありがとう」
ここでダンカーは初めてまともな言語を発した。内心は、まさか青年が自分からアクション起こしてくるとは。ネギを背負った鴨とはまさにこの事。という考えであったが・・・。見知らぬ女性(その上ライバルかもしれない)に話しかけられて困っていたのも事実だった。
「・・・!日本語、お上手なんですね」
設定が面倒なので、ダンカーは日本語が話せるという事にしている。
青年は西洋人の顔立ちをしていながら流暢に日本の言語を話すダンカーに、目を開いて驚いていた。しかし、すぐに笑顔に戻る。線を引いたように目尻がすっと細められる。その造形すら美しかった。しかしダンカーは相変わらず青年の腰にしか目を向けていなかった。それが青年からは俯いてしまっているように見えた。身長が180㎝近くあるダンカーとは殆ど身長差の無い青年は、視線の先が何かいまいち理解できていないようで、ダンカーの体調が悪くなってしまったのではないかと純粋に心配していた。
「どうかしたんですか?身体の調子でも悪いんですか」
「そういうわけではない」
ダンカーは青年のジョニーが欲しいだけなのだ。だから物欲しそうに見つめていただけなのだが・・・。ダンカーは青年の問いかけに我に返り、彼と目を合わせる。青年はダンカーの下心などには一切気が付く様子もない。澱みの無い瞳でダンカーの行動の違和感を観察するように見ていた。そして口を開く。
「もしかして、お腹が空いてます?」
青年はまさか自分の逸物が狙われている等とは全く見当をつけていなかった。一般的に考えても、まさか生きていて自分のジョニーを刈り取りたいと思う輩と出会うなんてありえないからだ。そんな考えが当たり前に青年にはあったからだ。
そうだ、腹が減っているとダンカーは答える。もしこのまま一緒に彼と行動を共にする事が出来たならば、休憩がてら何処か人気のない所へ誘導してしまおうと。そしてそこで彼のジョニーを刈り取ってやろう、と。そうダンカーは企てる。平和ボケした日本人はどこまでも警戒心が無く好都合だとダンカーは思った。
そんなダンカーの考えもつゆ知らず、青年は薄い唇を弧の字に描く。
「それじゃあ一緒に何か買いましょう。俺も、丁度一人になってしまって、寂しかったんです。・・・あ、すみません!」
そこで青年は先ほどまで握っていたダンカーの手をぱっと離した。そして、申し訳なさそうに微笑む。
「貴方を守らないと、って思っていたら、手を離すのを忘れてしまっていました」
青年はそう言いながら改めて片手を差し出す。色素の薄い、柔く広げられたその手の形も、差し出す動作も繊細で綺麗だった。
「俺の名前は伊織です。気軽に読んでください。よろしくお願いします」
その手を少しの間ダンカーは見つめていた。そして、握りつぶしてしまわないようにと包み込むように優しく掴む。
「俺の名前はダンカーと言う。よろしく頼む」
少しの間だけだが、と、ダンカーは伊織に聞こえない声で言葉を続けた。
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