庇護室

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 幼い頃、お世辞にも体が丈夫と言えなかった俺は、よく病院で寝泊まりをしたものだ。  幽霊や孤独、形容されない物を好き好んで騒ぎ立てる事例はよく耳にする。  だが、自分の中でそれらの黙殺など容易であった。  代わりに白より白い壁や床が恐怖の対象に名乗り出る。  成因は知らない。  知りたくないから、知らなかった。  今居る世界は、その延長線上と陳ずるべきか。  手狭で天井も然程高くない部屋。目を刺す蛍光灯が一つ、壁の白に拍車をかける。完全に光は行き渡らないようで、隅は薄暗い。  更に気味の悪さだけが服の裾を引っ張った。  格子状の薄い模様が床に刻まれていて、それから、端から端まで目で辿っても、家具一つ無い。  どうして、こんな。 「……っ」  自分が何故間取りの把握を始めたのか、分からなかった。動いているのは首から上だけで、俺の脚は凍りついている。  幼い頃の記憶を辿っていた自分を呪った。  俺の感情への答えはたった一つで、目視できる物で、当然かの如く佇んでいる。  壁に繋がれた、手錠。  それも真っ黒で、錆か血かはたまた別の液体か、判別不可能な色をしたものがべっとりとこびり付いている。  只々、怖い。  息を吐くことも吸うことも、飲むこともままならなかった。  自分の家の下に、こんなものがある。もう何年も住み続けて、気付いたのが今。行き場の無い汗が頬を伝った。  焦るなと復唱し続ける頭は使いものになりそうにない。俺は痺れの効いた足を一歩、手錠に向かって出す。  もう振り向きたくもなかった。  俺はこの後どうすればいいのだろう。  外見だけが立派に育った体が、興味本位でしかないように手錠に触れる。  ふと浮かんだのは、アイツの顔だった。          
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