庇護室

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 幼気な笑顔が頭を駆ける。  そのまま、どれくらいそう(• •)していたのだろうか。  背を向けた俺は、一目散に風呂に向かった。道中のことはあまりよく覚えていない。  電気は消した、扉は閉めた、気がするだけだ。  安堵の溜息など吐く前に、今尚呼吸が出来る事実に心底感動している。  部屋に戻って勉強をしなければならない、なんて強迫観念に駆られた自分を思い出したのは、髪を乾かした後の事だった。  喚び起すように育てたのも自分ではあるが。  如何せん懲りないもので、部屋に戻ってから参考書を開くことになる。  ――あの時、あの空間に居た事が気持ち悪くて、嫌気がさして、洗面所に着くや否や衣服を籠に放り投げた。  風呂場に入れば話は早く、藍色とは程遠い橙色の明かりがやけに現実的で、弥が上にも大丈夫だと思わせられる。  お湯が頭から爪先まで巡る心地よさに若干の眠気までした。  鏡に映る火照った自分の顔が、いつも通り、いつも通り整っていて、気休め程度に一つ息を呑む。  見惚れていると、湯冷めしないようにと母親の声が知らぬ間に想起された。    服を着て部屋に戻り、今に至る。  そこまで時間は経っていなかったが、帰宅した時間がそもそも遅かったから布団に入るには適当な時間を過ぎている。仕方なく電気を消し、布団に挟まれる。  目蓋の裏にはあの情景が映っていた。  でも少し違う、不安や恐怖が入り混じったものではなく、俺は今紛れもない幸福感に包まれていて。  手錠と狭い部屋一つ。  だってそこには、アイツがいたから。
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