庇護室

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「いや、俺もごめん」 「何かあったん?最近ピリピリしてっからさ」  そうだ、こういう理由があって、今どういう難苦を抱いているんだ。なんて定形を告げれば満足なのか。  それとも、大丈夫だよって笑顔で返せば、いつも通りに戻ってくれるのか。  俺に何を望んでいるのだろう。  仲間の機嫌を取りたいのではない。印象という文字を塗りに塗りたくった壁を、高波のような一時の感情で壊す訳にはいかないからだ。  作るのには幾年もかかるくせに、いつだって、壊すのは簡単。  崩れるのも一瞬だと熟知している。 「何もねえよ。てかそう、クラス替えは俺無くてもいい派だわ」  含み笑いを活用し、鼻から抜ける息を区切りに話題を戻す。相手はすんなり受け入れてくれて、安堵の吐息も零れた。  平穏無事な帰り道は、情の無い街灯も、憎むべき他人の幸せである家々の明かりも、良き思い出に変えてくれる。  結果的には、笑顔だったな、と記憶するに限るが。 「平和そうだよなー。でも、意外とあっという間だぞ、俺らの部活もそうだけど、すぐお別れ」  あっという間。  何事よりも先に、脳裏にアイツの顔がくっきりと浮かび上がってくる。 「卒業しても連絡手段あればいいだろ」  何かで繋がったところで、所詮は自分への言い聞かせでしかなかった。  客観視すれば、さよならはまだまだ先の話だ。青春は長くない、恋と似たり寄ったりの過ぎ去り方をしている。  俺はずっと、アイツと一緒がいいけれど、アイツは俺じゃない。  どこまで勘繰れば気が済むのか。 「まあな。あ、俺とも繋がっといてくれよ。一応仲間じゃんか」 「言い方が気持ち悪い」 「ひどい」  仲間の笑顔と、アイツの笑顔が不意に重なる。  ――どこまでも都合が良い。  そんな自分が大好きで、自惚れを引き摺り回す。  否、愛し尽くせないのは、もしかするとそれが原因かもしれない。
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