庇護室

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 *** 「ただいま」  返事が返ってくることは無い。  口にする理由なんて知りたくもなかった。  薄暗い玄関を抜け、真っ正面にある扉――ではなく、横にある階段に足をかけた。  いつもの匂いに安心感を覚える。  自分の部屋の前には、名前の書かれたプレートが掛かっている。辿々しい平仮名で綴られているそれは、昔懐かしさを覚える物の一つだ。 「……はぁ」  しょっちゅう溜め息を吐く大人にはなりたくない。なんて思考は、何所に置いてきたのだろうか。  部屋に入り、鞄を置いてから机の前の椅子に座る。橙色の照明を点ければ、どうしてか真っ暗な部屋よりも狭く見えた。  引き出しを開けると、そこには写真が一枚、無造作に置かれている。  映っているのは、俺とアイツ。  昨年、二人きりで街へ出掛けた時のものだ。  ゲームセンターに立ち寄った際、アイツがふざけてプリクラを撮りたいなんて言うから、俺の許容範囲で撮ったもの。  変顔はしていないが、不自然に盛られた顔である。  俺は顔が広いだけで、写真を自慢げに見せる相手はいない。違ってアイツは純粋に友達が多いから、絶対見せびらかすだろうと予測したわけだ。  案の定、休日明けを迎えた朝には、それはそれはご機嫌に公開されていたのだった。 「…………可愛い」  でも、二人きりの写真――アイツの写真はこれしかない。  自覚のある異常な愛。今の俺が、せき止めている感情が爆発でもしたら、盗撮に走ってしまいそうだ。  歯止めが利いてくれる自分を褒めちぎりたい。 「好き」  俺はまだ、大丈夫だ。  盗撮なんかより、幸せになれる方法なんて山ほどある。二人だけになれる瞬間なんて、幾らだってある。  友達止まりでも仕方無いじゃないか。  俺が好きなんだから。 「ただいまー。×××、帰ってきてる?」  母親が帰ってきたのだろう。  はっと我に返り、読みかけの本を手に取った。  惜しみながら引き出しを仕舞い、栞の挟まったページに目を通す。  本は大好きだから、昔から好きだから、あったら絶対に読むから。  常識的な愛情表現を、誰か綴ってほしい。    
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