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荒々しく階段を踏みしめる音が聞こえてくる。
徐々に迫る音が、今の俺にとっては脅威の一つであった。やましい事なんて何もないのに、何故こんなにも平静を失う自分がいるのだろう。
俺の心拍数が焦りを孕む頃には、部屋のドアは開けられていた。
「おかえり×××、お母さんまた会社行かなきゃでさあ、弁当なんだけどいい?」
「ああ、全然」
言葉と言葉の谷間、沈黙が訪れないように食い気味で返事をする。
本のカバーを掴む手に力が入るのが分かった。それも優しく、あくまでも穏やかに。
「ごめんね、下のテーブルに置いとくわよ」
明らかに急足で告げて、春物のコートを踊らせるようにして戻っていった。
「……うん」
玄関のドアが閉まる音がしてから、俺は本をしまいキッチンへ向かった。
弁当を電子レンジに入れて温め直す。待っている間、椅子に腰掛けていた。
誰もいない四人分の椅子。
アイツがここに居て、一緒にご飯を食べて、学校じゃできないような話をして。
食事を楽しめたら幸せだろう。
座らせるのは俺の隣がいいかな、それとも正面がいいかな。
アイツは美味しいより美味いって言う。
口いっぱいに頬張る顔が可愛い。
何気に甘いものが好きで、スイーツを食べてる時の蕩けた顔はもう、なんというか。
興奮する。
俺の奥の奥にある欲求を、刃物で刺すように襲う感情。
アイツだって、何かに対して性的欲求を抱いたことくらいあるだろう。俺のことをそういう目で見てなかったとしても、同じ男なんだから分かる。
気持ちいいことは、きっと嫌いじゃない。
チン、と温め終わった音がした。
ふわふわと抜け切らないまま準備を済ませる。
目の前の物を分け与える相手がいるような気がして、なんだか食欲が湧いてきた。
それは、いただきます、が似合わない食事。
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