第4話

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第4話

朝日の眩しさで、目が覚めた。 顔をしかめ、「うう…」と呻き、窓に背を向ける。昨日遅くまで彼と抱き合っていたので、まだ起きたくなかった。それでも、一度目が覚めてしまうと、なかなか眠ることができない。しばらく格闘し、結局諦めて目を開いた。 最初に視界に飛び込んできたのは、白い髪とつむじ。そして、次にすうすうと寝息を立てて眠る可愛い顔が見えた。手を顔の前で重ね、足を曲げて、丸くなって寝入っている。 僕は「ふふ」と笑って、彼をじっと眺める。 昨日はエルベが帰ってから、ずっと彼と交わっていた。ほとんど欲求のままに動いていたので、何回したか覚えていない。力尽きるまで、互いに愛撫して、絶頂を迎えを繰り返し、やっと終わった頃には深夜になっていた。 彼は疲れても、すぐに回復してしまうようで、へとへとになって動けなくなった僕の代わりに、簡単なお夜食を作り、持ってきてくれた。それを食べたところまでは覚えているが、それからの記憶がプツンと途切れていた。 十中八九、睡魔に勝てず、眠ってしまったのだろう。ベッドの周りが片付いているところ見るに、彼が色々と片付けてくれたようだ。 僕は起き上がり、ぐっと背伸びした。腰のあたりと、太ももが筋肉痛になっている。やり過ぎた…と腰を擦る。これでぎっくり腰にでもなったら、店長にどやされる。 腰や太もも、さらに肩回りを念入りに伸ばし、ふうと息を吐く。ふと彼を見ると、今だに気持ちよさそうに眠っていた。 長いまつ毛と産毛のない真っ白な肌。僕はリュックサックから、スケッチブックと鉛筆を取り出し、イスに腰かけた。数枚めくり、真新しいページを開く。少し薄暗いが、このくらいなら絵を描けそうだ。 僕はしばらく彼を眺め、それから、サラサラを鉛筆を走らせた。大まかに輪郭を捉え、細部を描き込んでいく。無心になって、彼の一瞬を残そうとひたすら描いた。きっと彼は百年経とうと、千年経とうと変わらない。それでも、カーテンから漏れ出る光の感じや満足そうな表情は、この一瞬しかない。 それに絵を描く時間が、僕は好きだった。何も考えず頭を空っぽにして、対象を注意深く観察し、特徴的な部分を見つけて、紙に落とす。似ていなくても、絵を見た瞬間、それが誰か分かれば、それでいいんだ。 徐々に彼の姿が紙の上に写っていく。気になる箇所を消しゴムで消し、さらに描き込んでいると、ふわあと欠伸が聞こえた。 僕はスケッチブックから視線をあげて彼を見る。彼は白い髪に寝ぐせをつけたまま、起き上がって、ぐっと背伸びをしていた。眠そうに目を擦り、 「…おはよう。ニズ。早起きなんだね。」 「何だか目が覚めちゃって。ベオは良く寝てたね。」 「…うん。久しぶりにぐっすり寝た。」 そう言って、また大きく欠伸をした。 僕はスケッチブックをイスに置き、ベッドに上がると、眠そうな表情を浮かべる彼に軽くキスをした。彼は「ふふ」と笑って、僕の肩に顎を置く。 「君は本当に、すぐキスするね…」 いつもとは違う寝起きの声。少し甘えたような仕草に、僕は彼をぎゅっと抱きしめる。 「だって、ベオが好きだから。」 彼の身体の匂いが首筋から香る。首筋に口づけし、身体を離す。彼は眠そうなとろんとした瞳で、僕に微笑んだ。 「君は素直で、とてもいい子だね。」 「…急にどうしたの?」 「いいや、深い意味はないよ。それより、今日は何して過ごそうか?」 僕は「うーん」と首をひねる。 「…そう言えば、綺麗な川があるって言ってたよね? そこに行ってみたい。」 「いいよ。せっかくなら、そこでお昼も食べようか。」 「いいね、デートみたいで。」 僕がニコッと笑うと、彼が小さく「デートか…」とつぶやいた。そして、立ち上がり、 「それなら、さっさと仕事終わらせて、たくさん時間作らないとね。ニズも手伝ってくれる?」 僕を見降ろして、ニコリと笑った。何だか胸の奥がじんわりと温かくなる。僕はこくりとうなづき、 「もちろん。なんでもするよ。」 彼の隣に立ち、額にキスをする。彼は「ふふ」と笑って、「よろしくね」と僕の髪を優しく撫でた。 * お昼ご飯をリュックサックに詰めて、森を登る。 湿った土の匂い。柔らかく足元を照らす木漏れ日。木のざわめき以外は、僕たちの歩く音しかしない。 僕はリュックサックから水を取り出し、一口飲んだ。少し距離があるし、勾配がきついとは聞いていたが、なかなか大変だ。ふうと息を吐き、額の汗を拭う。 「後、どのくらいで着くの?」 彼に聞くと、彼は「えーと」と周りを見まわし、 「もうそろそろ着くはずだよ。大分疲れたみたいだね。大丈夫?」 「うん、大丈夫。」 「もしきつかったら言ってね。君をおぶって行くこともできるから。」 彼はなんでもないように言った。僕よりも背が低く、一見華奢に見えるのに、彼は運動神経がよく、僕より筋力も体力もある。今もまったく疲れた様子も見せず、急勾配を登っていた。 さすがに、彼におぶってもらうのは気が引ける。 「本当に大丈夫だよ。でも、ありがとう。」 すると、彼は僕のリュックサックを掴み、 「それじゃあ、荷物だけでも持つね。それならいいでしょ?」 有無を言わせない言い方。僕は「そのくらいなら…」とうなづく。リュックサックが無くなるだけで、身体が随分と軽くなった。 息を整えて、しばらく山道を進む。延々かと思われた登りが終わり、下り坂を滑るように降りていくと、遠くから川のせせらぎが聞こえ始めた。空気も何だかひんやりとして、湿っぽくなる。 「見えてきたね。」 彼がつぶやき、目の前を指さした。木々の間から苔むした石と透明な水の流れが、微かに見えた。 僕は彼に導かれるようにして、川縁まで降りる。 木々を抜けると一気に視界が開けた。最初に飛び込んできたのは、一面の緑色の柔らかな苔と、その間を縫うように流れる青い水。その水は滑らかに滑りながら、岩々の間を抜け、流れていく。 想像を超える美しい光景に、ゴクリと唾を飲んだ。しばらく物も言わず眺める。 「綺麗でしょ?」 彼の声で我に返った。隣に立つ彼に視線を向ける。 「すごく綺麗だ。こんな場所があったなんて…」 「良かった。ニズなら気に入ると思ったんだ。」 嬉しそうに目を細めた。木漏れ日に照らされた彼は、普段より美しく見える。キスしようと顔を寄せると、彼は「ふふ」と笑って、僕の唇に指を当てた。 「キスの前に食事にしよう。ボクお腹ぺこぺこなんだ。」 「…分かった。それなら、昼食終わったら、好きなだけキスさせてね。」 つい意地悪なことを言ってしまう。彼は気にする素振りも見せず、「しょうがないなぁ」と微笑んだ。 大きな岩の上に腰を下ろす。まっ平に削れ、苔が所々生えたテーブルのような岩。足を投げ出して座るのには丁度いい高さだ。 座った途端、お尻がひんやりと冷たくなった。彼も僕の隣で、足を投げ出して座る。そして、リュックサックをゴソゴソとあさり、竹で編まれた長方形の籠を取り出した。 お昼ご飯は彼が作ったので、何が入っているか僕は知らない。彼は僕と彼の間にお弁当箱を置き、ぱかっと開いた。 弁当箱の中には、美味しそうなサンドイッチが並んでいた。卵サンドに野菜サンド、チキンサンド、さらにジャムサンドまである。どれも食べやすいサイズに切られ、行儀よく詰められていた。 ぐうっとお腹の虫が鳴る。彼は「ふふ」と笑って、 「大分歩いたし、お腹空いたでしょう? たくさんあるから、好きなだけ食べてね。」 そう言いながら、早速自分の分を取ってむしゃむしゃと食べ始めた。僕も「いただきます」と一つ取る。きゅうりにトマト、レタスが溢れんばかりに入った野菜サンド。パクッと頬張れば、瑞々しいきゅうりとトマトが弾ける。 あっという間に一つ食べて、もう一つを手に取る。ふと彼を見ると、嬉しそうな表情を浮かべて、僕を眺めていた。 「気に入ったみたいだね。良かった。」 「うん、すごく美味しいよ。ベオは料理上手だね。」 「はは、サンドイッチだもの。具材挟んだだけだし、どちらかと言えば、素材がいいからね。全部採れたてだから、美味しいんだよ。」 確かに、どれも新鮮で味がいい。それでも、サンドイッチは具材の選び方、挟み方で味が落ちてしまう。それを考えると、やっぱり彼は料理が上手だ。 パクパクとサンドイッチを平らげ、ふうと息をつく。お腹いっぱいになったら、何だか眠くなってきた。石の上にごろんと寝転がる。ひんやりとした石の感触。さすがに硬くて、腕枕しないと痛い。それでも、見あげた空の青さと鬱蒼とした木々の緑が目に鮮やかで、悪くない。 彼も僕の真似をして、隣に寝ころんだ。僕の方を向いて、目を細める。白い髪が石の上に広がって、まるで雪みたいだ。 僕は彼の顔にかかった髪を払い、その唇にキスをする。彼もそのキスを受け入れた。唇だけでキスをする。柔らかい唇の感触が伝わってきて、少しだけ興奮した。舌を入れようとした途端、彼が顔を離す。 「それ以上はだめだよ。こんな所でするつもり?」 「…うん。もしベオがいいのならだけど、外でするのもいいかなって。」 彼は呆れたというように身体を起こし、 「昨日、あんなにしたのに元気だね…。ボクは外ではあんまりしたくないな。誰が見てるか分からないから。」 そう言って、口に煙草をくわえた。 「ちょっと煙草吸ってくる。待ってて。」 「え、やだ。ここで吸ってよ。」 「でも、これは君の身体によくないし…」 「ちょっとだけなら大丈夫だよ。それに、僕のおじいちゃんは煙草吸う人だけど、長生きしているからさ。」 しばらく押し問答を繰り返し、結局彼が根負けして、僕の隣で煙草を吸い始めた。人差し指と中指で煙草を挟み、すうと吸い込み肺に煙を入れると、ふうと吐き出す。 初めて彼が煙草吸う姿を見る。美味しそうには吸っていない。それに、煙を吐く瞬間、表情が無くなるのが、どうしても気になった。 何だか見ていられなくなって、持って来ていたスケッチブックを開く。煙草の臭いを感じながら、何を描こうかと思案する。でも、どうにも集中できず、描き始めることができなかった。 彼は一本吸い終わると、二本目に火をつけながら、僕のスケッチブックを覗いた。 「大分使い込んでいるね。絵でも描いているの?」 「そうだよ。僕の仕事道具。」 興味津々に覗き込む彼に、今まで描いたものをパラパラとめくりながら見せる。彼は煙草を指にはさみ、僕の絵を熱心に眺めた。 ややあって、彼が僕の絵を指差しながら訊ねる。 「これは…紳士服?」 「そうだよ。僕テーラーなんだ。テーラーって分かる?」 「服を仕立てる職人だよね?」 「そうだよ。僕の場合は、紳士服をデザインする方が多いけどね。と言っても、まだ駆け出しだけど。」 彼は煙草を消し、「もっと見たい」と僕に言った。僕は「どうぞ」とスケッチブックを渡す。 彼は時間をかけて、僕の絵を一枚一枚眺める。こんなにじっくり見られたことがなく、そわそわしてしまう。 浮かんだイメージをそのまま描いているので雑だし、人様に見せるにはまだまだ下手だ。でも、どれも真剣に描いた。だから、恥ずかしがる必要はない。 あるページで彼の動きが止まった。驚いたように目を見開き、食い入るように眺めている。何を見ているのだろうとのぞくと、今朝描いた彼の寝姿だった。 「あ、…ごめん。まずかった?」 慌てて彼に聞く。彼は首を振って、 「いいや。ちょっと驚いただけ。ボク、こんな表情しているんだね…。知らなかった。何だかさ、」 そこで一度言葉を切る。どう表現すべきか言葉を探しているように見えた。少しして、口を開く。 「ボク、幸福そうだね。」 その言葉に、次は僕が驚いた。彼は幸福なのか。僕と一緒にいて、彼は幸福だったのか。考えたこともなかった。 僕は彼と一緒に居れて、幸せだし、楽しいと思う。たまに寂しくなることもあるが、彼を抱きしめたら、すぐにどうでもよくなる。でも、彼はそうではないと思っていた。 彼はじっくり自分の寝姿を眺め、 「ニズは本当に絵が上手だね。ボク自身気づいていなかったけど…、思っていた以上に君と暮らすのが楽しいみたいだ。」 嬉しそうに微笑んだ。その言葉に鼻の奥がツンとして、危うく泣きそうになった。 僕は彼から視線を逸らして、ぐっと唇を噛み締める。彼から、そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。あまりの感動に、今まで抑えてきた感情が溢れ出す。 それでも、せっかくのデートがしょっぱくなるのは嫌だった。僕は気持ちを落ち着かせるように、二三度息を吐き、彼を見る。しかし、既にそこに彼の姿はなかった。慌てて探すと、ざぶざぶと川に入っていく彼の姿があった。清らかな景色と白い人間。まるで、絵画でも見ているような不思議な気分になる。 彼は僕の方を振り返り、 「冷たくて気持ちいいよ。ニズも入ってみたら?」 手を差し伸べた。自由奔放な姿に涙が引っ込む。何だかおかしくなって、自然と笑みがこぼれた。 「うん、入るよ。」 川縁まで歩き、靴と靴下を脱ぐ。ズボンをまくり上げると、恐る恐る足を入れる。刺すように冷たい。想像を超える冷たさに顔が強張る。それでも、彼の手を掴みたくて、滑る石にあたふたしながら進む。 彼は目を細め、僕の手を掴んだ。 「滑るから気をつけてね。」 「うん、気を付けるね。」 彼の隣まで歩き、改めて周りを見渡した。川の中から見ると、また違って見える。これはこれで悪くない。 彼は僕を支えるように手をぎゅっと握り締めていた。彼の熱が僕の手にも伝わってくる。ちらっと盗み見ると、僕が見ていることに気づき微笑んだ。 「気持ちいいでしょ?」 「うん、気持ちいいね。呼んでくれてありがとう。」 お礼のキスをしようと、彼に顔を寄せる。途端、ぬるりとした石に足を滑らせた。景色が後ろに倒れる。やばっと咄嗟に彼の手を離そうとする。しかし、彼は僕の手を握ったまま、むしろ助けようともう片方の手を伸ばしていた。 バッシャと水しぶきをあげて、川に腰から落ちる。ごつごつとした石にお尻をぶつけて、「痛!」と思わず悲鳴を上げた。瞬時に彼が僕の両手を掴んで支えてくれたので、頭から落ちることはなかったが、それでもなかなか痛い。 彼は僕の手を離すと、ひどく不安そうな表情で、僕の前に屈んだ。服が濡れるのもいとわず、心配そうに僕の顔を覗き込む。 「大丈夫…? 大分派手に転んだけど…」 「ちょっと腰打ったけど、後は何とか…」 「川から上がった方がいいね。立てる?」 「大丈夫だと思う…」 立ち上がって、川から出る。腰は相変わらず痛むが、その他は大丈夫そうだ。しかし、全身ずぶ濡れになってしまった。しかも着換えがない。とりあえず、上の服だけでも脱ぐかと、濡れたシャツを脱ぎ、ぎゅーと絞る。 彼は持って来ていたリュックサックからタオルを二枚取り出し、僕のところに戻ってきた。 「これで身体拭いて。着換えないから、しばらく干しておこうね。」 そう言うや否や、慣れた様子で僕の服を剥ぎ、日当たりのよい岩に干した。僕はパンツ一枚で震えながら、身体を拭く。あっという間にタオルがぐっしょり濡れてしまった。それに清流の涼しさが、今は寒い。ガタガタ震えていると、いつの間にか彼がすぐ目の前まで来ていた。 僕の身体に触れ、 「大分、冷えたね。寒くない?」 「結構寒い…」 「だろうね。そのままじゃ風邪ひくかもしれないし…」 きょろきょろとあたりを見まわし、 「ちょっと待ててね。」 それだけ言うと森の中に消えて行った。ポツンと一人残され、どうすることもできず立ち尽くす。待っててと言われたって… すぐに、腕一杯に枝を抱えて戻ってきた。僕の前にどさどさと枝を落とし、慣れた手付きで枝を山形に組み始めた。 あっという間に焚き火が組みあがる。すると、どこからともなくマッチを取り出し、松ぼっくりに火をつけた。すぐにパチパチとはぜる音がして、松ぼっくりが燃え上がる。彼は松ぼっくりを枝の中心に入れると、やっと僕の方を見た。 「お待たせ。これですぐ温かくなるよ。しばらく当たってて。」 僕はうなづくしかない。彼も濡れたはずなのに平気そうだ。身体が冷たくなっても、熱くなっても、彼にとってはさほど変わらないのかもしれない。でも、それでも、僕は彼を抱きしめたいと思った。 また立ち上がろうとする彼を後ろから抱きしめる。やっぱり彼の身体も冷えきっていた。それに服も随分と濡れている。僕は彼の服を脱がせ、火の熱が当たる場所に置く。そして、パンツ一枚になった彼を、もう一度後ろから抱きしめた。 彼は僕の腕に手を当て、小さく「あったかい」とつぶやいた。その言い方が可愛くて、首にキスする。彼の身体がびくっと震えた。僕は力を入れて、彼の首に跡をつけるように吸う。すぐに赤いあざができた。しかし、できた途端消えてしまう。 「せっかくキスマークつけたのに…」 「え、つけないでよ。それにボクには傷は残らないから、つけても意味ないよ。」 「そうだったね。」 寂しい気持ちに襲われて、彼の髪に顔をうずめる。彼の身体の匂いと汗の臭いがする。その匂いを嗅ぐと、何だか落ち着かなくなった。ぎゅっと抱きしめていた腕を解き、彼のお腹に触れる。割れて引き締まった腹筋を指でなぞる。 「ベオの身体好きだな。引き締まっていて、綺麗だ。」 「そんなこと初めて言われたよ。ありがとう。」 ちょっと恥ずかしそうな声で答えた。僕はしばらく彼のお腹を触り、おもむろに胸に触れた。彼が息を呑むのが分かる。指先で乳首に触れると、彼の身体がカッと熱くなった。 「待って…。本当にここでするつもりなの…?」 「大丈夫。最後までしないから。ちょっと触るだけ。だから、いいでしょう?」 ちゅっちゅっと短く首に口づけしながら、左手で彼の胸をまさぐる。彼は「うあ、ちょっと…」ともじもじ居心地悪そうに身じろいだ。それでも、強くは抵抗しない。 彼の固くなった乳首を指でつまむ。彼が「あっ」と小さく声をあげて、口を手で覆った。空いた手が僕の右手を握る。僕は彼の首を舐めながら、その手を握り返した。 どんどんと彼の呼吸が早く熱っぽくなっていく。それを聞いているだけで、自分の下半身も熱く固くなっていった。彼の耳の穴を舐めながら、彼の手を離し、彼の下半身を触る。 「んっ」と彼の身体が小さく震えた。僕はその固くなったものを、指先で撫でる。じんわりと先っぽから出た液体でパンツが濡れていた。その濡れた部分に触れる。 「や…やだ…。そんな風に触らないで…」 彼が恥ずかしそうな声で言う。それだけで、興奮が一気に増した。彼のパンツに手を突っ込み、ボロンと取り出す。実は暗闇でしか見た事がなかったので、彼のものをちゃんと見るのは初めてだ。 綺麗なものではない。それに、彼は人形のように美しい見た目をしているから、特にこれは異質に見える。だが、彼が確かに人間なのだと証明してくれるような気がした。 反り返ったものを握って、腕を上下に動かす。彼が「ああっ」と叫んで、僕の腕を強く握った。「はあはあ」と荒く呼吸を繰り返し、「おかしくなりそう…」と小さくつぶやく。 僕は彼の耳元に顔を寄せて、「いいよ。好きなだけおかしくなって」とささやく。すると、彼が涙で濡れた瞳で振り返り、僕の唇に強引にキスをした。彼からキスされるのは、これで二回目だ。 欲望のまま深くキスをする。舌が絡み合うぐちゃぐちゃという音と、彼の「ふうふう」という呼吸音。それに包まれて、僕もおかしくなりそうなほどの快楽を感じた。 キスが終わり、ふと視線を下に向けると、彼の腰が動いていることに気づいた。気持ちがいい証拠だ。 昨日あんなにしたのに、今日の彼はまったく違う魅力があって、僕は彼を抱きたくて仕方なくなる。でも、今日は最後までするための道具を持ってきていない。 左手で乳首をいじり、もう片方の手でしごく。彼の全体重が僕に寄り掛かってくる。その重みが熱くて気持ちがいい。 彼は何度も僕の名前を呼び、僕にキスを求めた。こんなに積極的な彼を見るのは初めてだ。僕も彼の名前を呼び、彼が満足するまでキスをする。何度も何度も、長く深く。 熱いキスの後、彼が恍惚の表情を浮かべ、「だ、め…。もう…イク…」とつぶやいた。その瞬間、彼の顔が歪み、先っぽから白い液体が勢い良く飛び出した。あまりの勢いのよさに、彼の胸の辺りまでぱたぱたと濡れる。 彼の身体ががくがくと痙攣し、口の端から涎が垂れている。こんなになるまでイクのを見るのは初めてだ。彼の身体から力が抜け、だらりと寄りかかる。彼は疲れたように、腕で目を覆い、呼吸を整えていた。 僕は自分の使っていたタオルで彼の汚れた身体を拭う。すると、彼ががばっと起きあがり、僕を押し倒した。頭をぶつけないように、彼の手が頭を支える。 僕は驚いて彼を見あげる。影になって、彼の表情はよく見えない。でも、息が荒くまだ興奮状態にあるのだけは分かった。 「…どうしたの? もしかして怒らせちゃった?」 「…違う。」 「それじゃあ、一体…」 彼は僕の唇に軽くキスして、僕を黙らせた。そして、何のためらいものなく僕の下半身に口づけした。唇の感触に、びくっと身体が震える。まさか…。慌てて身体を起こし、彼を止めようとする。 「待って! さすがに汚いよ! 全然洗ってないし…」 彼は僕の言葉を無視して、かぷっと咥えてしまった。温かい口の感触に、「ん――!」と叫んでしまう。彼の舌が当たる。心地の良い締め付けと温かさに抵抗できない。 僕は地面に頭をつけ、じんじんと伝う快楽に溺れる。 「あぁ、あっ、ああ、き、気持ちいい…」 自分の口から漏れる喘ぎ声がうるさい。それでも、声を止めることができない。 彼はまるで味わうように丹念に隅々まで舐めた。驚くほどうまい。僕はすぐに絶頂を迎えそうになる。 「もう…もうやめて…。だめだよ、ベオ…」 それでも、彼は止めない。ねっとりとした唾液と熱い息に我慢できず、思いっきり出してしまった。強く何度も彼の口の中に射精する。 彼がやっと口を離した。僕の精液をそのままゴクリと飲み、力が抜けて倒れる僕に顔を寄せた。 「気持ちよかった?」 「…うん。すごく。」 「それは良かった。」 彼がニコッと笑う。その表情はいたずらっ子のように見えた。 僕は起き上がって、満足そうな彼を少しだけ睨む。 「僕、やだって言ったのに…、全然聞いてなかったでしょ?」 「ふふ、君だって、いつも聞いてくれないじゃないか。だから、おかえし。」 そう言って、僕に抱きついた。僕は何だかおかしくなって、 「確かにそうだね。ごめんごめん。あんまりしないようにするよ。」 クスクスと笑う。すると、彼も笑い出した。僕たちは抱き合いながら笑い合った。 幸せな日々。 僕はこんな何気ない日々がずっと続くと思っていた。 しかし、僕たちの毎日は、ある日を境にプツンと終わりを迎える。
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