十年目のふたり

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「これを読んでいる私は何をしていますか? 元気に暮らしていますか? 家族のみんなは元気ですか? きっと、私がこんな調子だから、みんな元気だと思うけれど。それはそうと、あなたの隣には今、誰がいますか」  その言葉に一瞬びっくりしてしまう。手紙を書いた人が誰かわからないとはいえ、その内容を読んでいるのは詩織なのだ。まるで詩織の隣には誰がいるかと聞かれているみたいで自分のことを聞かれているかのようでドキドキしてしまう。 「まだ、十年後の今この手紙を読んでいる私の隣にも彼がいますか? 手紙を書いている今の私に彼はぞっこんですが、十歳も歳をとった私に彼はまだぞっこんでいてくれているでしょうか。少し不安です。彼は優しいし、気配りができるし、なによりモテます。もしかしたら、今の私の隣には彼がいないかもしれないから、彼への想いはこの辺りでやめておきます」  随分とこの手紙を書いた人物は相手の男性のことが好きなことがうかがえる。この手紙に書かれている彼と同じ男として、好きな人にここまで好いてもらえていると思うと嬉しいと感じてしまう。 「さて、今の私の話はこの辺にして、未来の話をします。私が今こうして過去の今を実現したように、未来の私がこれを読んでいる今、これから書く未来の出来事が叶っていたら、その想いをまた未来へと繋いでいってください」  詩織の言うことが口頭だけでははっきりと理解できなかった。今だの未来だの過去だのと、この人は何を言っているのだろうと、より一層その手紙の内容に集中する。 「まず、十年後の今の私が十年前の私の彼と付き合っていなかったら、この手紙は破り捨てるなり、燃やすなりして消してください。でも、もしも続いていたらこのまま読み続けてください」  恐る恐る詩織を見るが、詩織は手紙を破り捨てることなどはしなかった。たまにとんでもないことをしでかすところがあるから、少しホッとした。 「彼とは今もうまくいっていますか? 子供は何人できましたか? 私としては二人くらいほしいけど、彼は慎重なところがあるから十年後では一人くらいしかできていないかもしれない。でも、子供が一人でもできていたらいいな。だって、自分の愛する人との間に子供を授かるなんて、とっても幸せなことだから。だから、今この手紙を読んでいるのなら一人くらいは子供がいなさい私。彼からこなければ、自分からいくべし」  この手紙を書いた人はかなり強気な人なんだな。芯があって男らしさのようなものが垣間見える。堂々とした面影に好感を覚える。 「でも、子供ができていなくても。お金がなくて貧しくても。今こうして読んでいるということはきっと幸せなんだと思います。なぜなら、これを書いている時、十年前に書いたことが現実に叶っていたように、今もこうして叶っているのだから」  十年前に書いたことが叶っている? 手紙の内容が十年前に書かれた内容で、その手紙を書いた十年前ということは二十年前。少なくともこの手紙を書いている女性は二十代以上。あと、最初に手紙を書いた年齢を加味すると三十代が最低ラインといったところか。 「今の私からしたら十年前。こうしてここの海でメッセージボトルを拾いましたね。その時の内容を覚えていますか? もしも覚えていたらそれを今でも隣にいる最愛の彼に伝えてください。彼が今までずっと気になっていたことを。私が彼を選んだ理由を──」 「私が彼を選んだ理由……」  その言葉を聞いた瞬間、詩織の話す内容が別の女性の話す内容ではなく、まごう事なき詩織の言葉そのものになったように錯覚した。  いや、錯覚というよりもっと確かなもの。まるで、詩織の言葉そのものかのように  今にして思い出せば、色々と今まで話していたがこの話のすべての最初のきっかけは俺のセリフからであったのだ。
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