十年目のふたり

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 あの日から十年経った今でも詩織は俺に優しいし、あの時以上に俺たちは想いを交わし合っている。  しかし、一つだけわからない。 “なぜ、詩織は俺を選んでくれたのか”  あれから幾度か聞いてみたことはあったが、そのたびにはぐらかされていた。俺としても相手が言おうとしないことを無理に聞くというのはよくないと思い、今まで黙って来たが、今年になってそれが気になってしょうがなかった。  今日までなぜ俺と一緒に歩んでくれたのか。  なぜ、俺なんかを詩織は選んでくれたのか。  そう思うと、詩織が俺を選んだ理由が気になってしょうがなかった。 「なぁ、詩織」 「なに?」 「夜の食事までもうしばらくあるし、海にでも行かないか?」 「……そうね。行きましょうか」  詩織は自分の荷物をもう少し整理してから、俺と一緒に旅館をあとにした。 「こうして、あなたと二人だけで歩くなんて久しぶりね」 「そうだな。秋穂(あきほ)が生まれてからは、詩織は秋穂につきっきりだったからな」  俺たちは五年前。幸運にも子宝に恵まれ、第一子となる女の子が生まれ、名前を秋穂と名付けた。そんな秋穂も今日は詩織の実家に預けて来ている。 「あなたの方が秋穂につきっきりだったじゃない。帰ってくれば秋穂。休日になれば秋穂。ご飯を一緒に食べていても秋穂」 「そうか?」 「そうよ。不器用なくせにいつの間にかオムツの取り換えも上手くなっているし、私よりもあやすのが上手くなっていたり。ほんと色々と嫉妬しちゃうわ」 「でも、それもこれも秋穂が詩織に似ているからだよ」 「そう言えば、私が大人しくなると思って。ほんとにあなたは卑怯だわ……」 「そう言ってくれるなよ」  詩織の夕暮れ時の風になびく黒く長い伸びた髪の綺麗な詩織の頭をそっと撫でる。  そうすると、詩織は決まって俺の体へと自分の体を近づけてきて、体重を預けてくれる。詩織こそ、俺のことをよく知り尽くしている。こんなことをされて惹かれない男はいないというものだ。  そして、お互いのそんなことを知り合っているからこそ。  これまで歩んで来た二人の道のりが、そして、海へと歩いて行く俺たちの足取りが揃った今こそ、聞くべきだと確信した。 「詩織。一つ聞きたいことがあるんだ」 「なにかしら。浮気はしてないと思うけれど」 「そんなことは心配していない」 「あら、随分と奥さんのことを信じてくれているのね」 「詩織、少し真面目な質問なんだ」 「どうしたの?」  俺の体から自分の体を離して、再び横に並ぶような形になって詩織は俺の目をまっすぐに見つめてきてくれる。 「詩織はどうして俺と結婚してくれたんだ?」  その言葉を聞いた瞬間。詩織はゆっくりと俺から視線をそらして歩みを進めている方へと視線をそらした。  それは、詩織の癖だということを知っていた。詩織は話をそらす時は決まって視線をそらした。だから、そらした視線を俺の方に向けるために詩織の肩を掴み、こちらへと向ける。 「答えてくれ、詩織。どうして俺を選んでくれたんだ」 「やっぱり、浮気してると思っているの?」 「違う。そんなことじゃない。ただ、詩織が俺を選んでくれた理由が知りたいんだ」 「そんなことって。それ以外にこんなことを聞く理由なんてないんじゃないかしら?」 「そうかもしれない……。でも、本当にただ詩織が十年前のあの日、俺の結婚を申し出に。そして、高校の時の告白を。受け入れてくれた理由が知りたいんだ。ただそれだけなんだよ」  詩織の目をじっと俺は見つめた。そして、詩織の目もまた、俺から逸れることなく見てくれていた。 「わかった。話すから手を離して」 「あぁ、ごめん……」  思いの外、強く握りしめていた詩織の肩から手を離す。
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