娘と男の今

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建物の影で、男は紫煙をくゆらせる。 街の雑踏とは裏腹に、男が佇むビル同士の影は静かであった。 娘が出来てから、男の身なりは大分整ってきた。 無精髭は剃られて、くたびれた服装もしなくなった。 以前の彼を知る者がいたら驚くだろう。 人はここまで変われるのだと。 「よぉ!」 紫煙をくゆらせる男の元に、大柄な男がやってくる。 短く刈り上げた金髪に、筋骨隆々の身体つきの男は、身体を揺らしながらビルの隙間に入ってくる。 「ウィル」 ウィルと呼ばれた大柄な男は、男の隣に並ぶと煙草を取り出した。 「遅かったな」 「エレナに泣かれてな」 ウィルは煙草に火をつけるとそっと煙を吐き出す。 このウィルという男は、知る人ぞ知る情報屋だった。 ヨーロッパを転々としながら、表向きはレストラン兼バー、裏では情報屋を営んでいる。 だが、ここ数年は同じところに固まってお店をやっているようだ。 どうも、ウィルの姉弟(きょうだい)弟子が女の子を拾って養育しているらしい。 ウィルの姉弟子は、仕事でとある日本人一家の暗殺に行った際に、女の赤ん坊を拾ったらしい。 当初は育てるつもりは無かったようだが、情が移ったのか、結局自らの手で育てる事にしたそうだ。 「可愛いだろう〜。うちのエレナ。最近、ようやっと喋るようになったんだよ。『ウィルおいたん〜』てな」 「そうか」 「そういや、お前んとこにも娘がいたな。どうだ? もういい歳だろう。彼氏の一人くらいいてもおかしくな……」 「ウィル」 男は短くなった煙草を地面に落とすと、足で踏みつける。 「そろそろ本題に入ってくれ」 「ああ。これだ」 ウィルは懐から四つ折りにした紙を取り出すと渡してきた。 男は紙を開くと、ざっと目を通す。 「情報はこれだけか? 随分と少ないようだが……?」 「ああ。なかなか、集まらなくてな」 ウィルは短くなった煙草を携帯用灰皿に入れた。 男もウィルも、娘達が出来た時に一度、煙草を止めたが、当人達がいないところでは、すっかり元に戻ってしまっていたのだった。 「まあ、いいさ。それじゃあ、いつも通りに」 「ああ。頼んだ」 そうして、ウィルは肩ごしに片手を上げると、街の雑踏の中に消えて行った。
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