ここだけの昭和世間話『ああ、青春のコックリさん』

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  蝉の鳴き声が鳴り響く高原の民宿。  ここに関西のW大学で同じゼミの恭平と雄一が夏休みを利用して遊びに来ていた。  しかし、やることもなく暇を持て余した彼らは中学時代に流行ったコックリさんをやろうと、部屋の座卓の上に紙を広げた。そして恭平は紙にひらがなと鳥居を書くと十円玉を置いた。その十円玉の上に恭平と雄一は人差し指をのせた。 「コックリさん、コックリさん。雄一の好きな女の子は誰ですか? 」  と恭平は雄一の顔を見ながらコックリさんに尋ねた。 「こんな十円玉で当たるか! 」 「シ! ほら、動き始めたよ」 「うそや」 「ほら、ほら、ほら。こうやって、コックリさんは、あいうえおの文字の上で、十円玉を動かしながら教えてくれる…ゆ・り…か。雄一の好きな子は、やっぱり4回生の百合さんやな」 「違うわ!」 「コックリさん、雄一は嘘だと言ってますが、どうでしょうか…ほら、イエス、本当だと言ってる。雄一の好きな子は、絶対に百合さんや! 正直にゆうてみ」 「あほくさ! 恭平が勝手に指で十円玉うごかしているだけやろ。あほらし、やーめた」  雄一は急に指を離してしまった。 「あかん! 雄ちゃん、勝手に指はなしたら。ばちあたるで!」 「あほらし。あてれるもんなら、あててみ」 「すいません、コックリさん。こいつは俺の友達です。おこらんと、お戻り下さい」  恭平の指先の10円玉が、ゆっくりと紙の真ん中に書いた鳥居に移動した。 「フー…良かった戻ってくれた」 「お前な、俺ら物理学ゼミの学生やぞ! 何で、そんなモノに信じるねん」 「あのな、この世には科学でも解明できないものがたくさんある。俺は、そういう神秘のベールに少しでも近づきたいから物理を専攻した。あの、ニュートンでさえ、晩年は神や悪魔を信じて、錬金術と神秘の世界に…」 「もう、わかった、わかった。そのセリフ、聞き飽きたわ。ちょっと、お前の漫画、借りるで」  雄一は座卓の上にある恭平の漫画を手に取った。 「雄ちゃんにも、わかる日がいつか来る」 「…」 「フー…ん、雄ちゃん。俺、ちょっと、風呂に入ってくるわ」  恭平が部屋を出ていった。 「あほちゃうか、あいつ。何がコックリさんや。二十歳にもなって…」  と、しばらくの間、漫画を読んでいた雄一だったが退屈になり 「この漫画、絵がすかんな。もう、止めや。俺も風呂入ろか」  と、雄一はタオルを取ると風呂場に向かった。  この民宿は天然温泉で扉を開けると意外に広い脱衣場には人影はなく、壁際に置いてある、いくつかのカゴのうち、一つだけに脱いだ服が入っていた。 「恭平だけやな、入っているのは…」  雄一は、空のカゴに服を脱いで入れると、風呂場の戸を開けた。風呂場では湯気の向こうに、雄一に背中を向けて体中を泡だらけにしながら洗っている人影があった。  このとき、ふと、雄一の頭にある考えがひらめいた。雄一は足下にあった洗面器を手に取ると冷水をいっぱい入れ、後ろから人影に静かに近づいた。そして、 「恭平! お前こそばち当たりや! 」  と雄一は思いっきり、体中泡だらけの男に水をかけた。すると流れる泡の下から、背中から肩に彫られた九本の尾を持つ妖狐の絵が現れた…雄一の顔が凍り付いた。  ちょうどその時、風呂場の戸が開いて恭平が入ってきた。 「雄ちゃん…」  恭平は一目で状況を理解した。そして、いきなり雄一を押さえつけて男に謝った。 「すいません! こいつ、コックリさんやりすぎて、自分をイタズラ狐だと思ってるんです…そうやな! 」  恭平の言葉を聞いていた雄一は間髪入れずに鳴いた! 「コーン、コーン! 」 「ね、でしょう!。 だから、すんません。本当にすいません。今すぐに連れていきますから…」 「クイン、クイン…」  四つん這いでじゃれる雄一を引きずりながら、恭平は風呂場から脱衣場に運んだ。そして二人は急いで服を着替えると部屋に逃げ帰った。 「雄ちゃん、あほか。お前、何してんねん」 「お前のせいやろ。先に風呂に行ってたんと違うんか! 」 「彼女に電話してたんや」 「おまえな、そういうことは、ちゃんと言ってくれよ。そしたら、あんな目に遭えへんかったのに」 「自分がバカな事するからやろ。いったいどうすんねん」 「会えへんよう部屋でじっとしとくわ…」  しかし、民宿では食堂で同じ時刻に、宿泊客へ一斉に夕食を提供していた。 「さあ、食べさせたるわ、はい」 「バウーバウバウー、ハア、ハア」 「(小声で)雄ちゃん、犬ちゃうで狐やで…」 「コーン、コーン! 」 「(小声で)お願いやから、もっとちゃんと演技してくれ…さっきから風呂場の男、こっちずっと見てるで…」 「(小声で)分かってる…コーン、コーン! 」  この様子を見ていた民宿の女将さんが声をかけてきた。 「どうしたんですか? 」 「こいつ、コックリさんやりすぎて時々発作的に自分のことイタズラ狐やと思って人にちょっかいかけたり、吠えたりするんです。病院行ってもなおらんし、せめて空気のいいところに来ればなおるかと思ってきたんですが、さっきから発作が起きて困っています」  恭平は、風呂場の男に聞こえるよう大声で話した。 「そうですか。かわいそうに、まだまだ若いんでしょう…」 「ええ…さあ、雄ちゃん、食べて、あーん」 「バーウ…、ゴクン」  その夜、最終の夜行電車に間に合うよう、高原の駅に向かって走る二人の若者がいた。 「もう、最低! 全然、食べた気せえへんかったわ。やっぱり、雄ちゃん。これは、ばちがあたったんやで! 」 「そんなもん、信じるか! 」  その時、ガサガサと草陰で獣が動く音がした。 「あ、そこの草陰に、なんかいる…」 「エッ! 」 「狐かな? 」 「わああああああああぁ!! 」   雄一は全力で走り出した。 「ちょっと、待って! 雄ちゃん、雄ちゃん! 」  走り去る二人…  でも、彼らは知らなかった…  民宿には背中に絵がある宿泊客は一人もいなかったことを…。  そして、この高原の名勝地『殺生石』には、九尾の狐伝説があることを…。 コーン!!  天の川の下、狐の遠吠えが響いた…                      終わり
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