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第一稿 頑張ります!
真里は突然編集長に会議室に呼ばれた。20人くらい座れる大きな会議室に、編集長と二人だけだ。シーンと静まり返っている部屋に、唾を飲み込む音すら響きわたる。
「小田さん、突然だけど、あなたに異動の辞令が出たわ」
「え?」
「次の配属先は…『週刊少年ドリーム』編集部よ」
「ええ!?」
小田真里は大手出版社である角田出版に勤める27歳だ。
高校まではダサかった少女が、ファッションに目覚めたことがきっかけでファッション雑誌の編集を志した結果、念願の角田出版への内定を勝ち取ったのは懐かしい話だ。20代女性向けファッション誌『トゥエンティー』の編集部員として働いて5年、編集長の言葉はまさに晴天の霹靂だった。
「あの…どこに異動なのか再度お聞きしても宜しいでしょうか?」
コテで巻いたセミロングの髪を耳にかけて、真里は聞き返した。
「『週刊少年ドリーム』よ。あそこの編集長にね、女性の編集部員が欲しいって何回も相談されて…あなたはもう5年も編集業務をしているから雑誌作りの流れも知っているし、編集に対しての熱意もあるから推薦したの」
「そんな、ちょっと待ってください!」
真里は立ち上がって編集長を見つめた。
「編集長、私はファッションが好きで、ファッション誌の仕事をするためにこの会社に入ったんです!『週刊少年ドリーム』って少年誌ですよね?漫画ですよね?」
「ええ、そうよ」
編集長は赤いピンヒールを履いた足を組んだ。
「小田さんはいつも一生懸命だし、ファッションが好きなのもわかっているわ。でも、あなたには編集としての自信が足りない」
「え、自信…ですか?」
「あなたはその特集の担当で、誰よりも勉強してよく知っているのに、いざとなると、人の顔色を見ながら意見を言ったり行動するところがあるように思う。うちは読者に最新の流行を発信する立場なのよ、それに自信が持てないのは読者の期待を裏切っているのと同じことよ」
編集長の言葉は核心をついていた。真里は自分に自信がない。それは高校時代で経験したことがトラウマになっているからだ。
ーーお前さ、ダサいやつと付き合いたいって思う?もっと周り見て自覚しろよ。
高校の卒業式の前日、ずっと憧れていたクラスメイトに告白した時に言われた言葉だ。彼は爽やかで明るくて、いつも周りに友達が集まる様な男の子だった。反対に真里は、クラスの端っこにいる、いわゆるスクールカーストの中の下にいるような立場だった。真っ黒な髪を一つに結び、校則に沿ったスカート丈、メガネをかけた物静かな子だ。決して学校生活が楽しくなかったわけではない。いじめられていたわけでもなく、友達もいてそれなりに充実していた。しかし、その太陽のような彼の笑顔はいつしか真里を後悔に導くようになった。恋愛とは無縁の生活のままで良いのかと。ちゃんと好きな人に気持ちを伝えられる人になりたいと思い、意を決して告白したのだ。
「好きです」
その返事が『あれ』だった。オシャレに興味がなかったわけでなはい。一つに結んだ黒髪も、トリートメントをして綺麗に保つように努力はしていた。彼の言葉で深くまで傷ついたと同時に、納得をした部分もあった。自分にとってダサいと思う人と付き合いたくは無い。人によって『ダサい』の定義はそれぞれだが、少なくとも、彼にとって私はダサい存在だったのだろう。
その日から、真里はファッションの研究を始めた。雑誌を買い込み、美容院やショッピングに行き、自分磨きをした。そのおかげで、大学ではそれなりにモテた。彼氏も出来たし、『青春』と呼ばれるような事を沢山経験できた。しかし、いつもあの時の言葉を思い出す。周りににどう見られるれているのか、どう思われているのか、そればかり気になって思ったことが言えなくなる。真里はただ、彼を見返したかっただけなのかもしれない。しかし、そんな邪な気持ちのお陰でファッションと出会うことができ、今はやりたい仕事もできていたのに…
「私はあなたにファッション好きな女性としてではなく、『編集』としてもっと成長してほしいと思っているの。全く知らない分野で編集としての力を開花させれば、それがあなたの自信に繋がるはず」
真里は言葉も出ないまま椅子に座り込んだ。オフィスチェアの座面がギイっと音を立てる。
ファッション誌で働けないなら、ここにいる意味はない。
「辞めようとか考えてる?」
真里の考えは編集長にお見通しだった。
「辞めるなら、一度異動してからにしたらどうかしら?実際にやってみないとわからないこともあるわ」
「はい…」
編集長の言う通りだ。このまま投げ出して、自分に自信が持てないまま過ごしたくない。編集長の事だ、きっと何か理由があって真里を選んだのかもしれない。
「もし本当に辛くなったら、私に言いなさい。ここに戻してあげるから」
「本当ですか!?絶対ですよ、お願いします!」
真里は再び身を乗り出して、編集長に顔を近づける。
「わかったから、頑張ってらっしゃい」
編集長の温かい言葉に励まされ、真里は『週刊少年ドリーム』への異動が決まったのだ。
*
異動を言い渡されてから一ヶ月後、桜が満開の季節を迎え、心を踊らせている新入社員を横目に真里は最低限の荷物だけを持って『週刊少年ドリーム』編集部にやってきた。どんな仕事を任されるか想像できない為、白い襟付きシャツにパンツというシンプルな格好にしていた。『トゥエンティー』の編集部は今の時間、電話対応や校正のチェックなどで皆が慌ただしくしている頃だが、週刊少年ドリームはとても静かだった。机が6台、向かい合って配置されているが、境界線が見えないほど書類が乱雑に置かれ、少し触ると雪崩が落ちそうだ。真里は恐る恐るその腐海に一歩を踏み込んだ。
「あ、あの…」
真里は部屋の奥に座っている男性と目が合った。
「あ、君が小田くんかね?」
「はい…」
「『週刊少年ドリーム』へようこそ、編集長の五十嵐だ」
笑顔で手を出してくる五十嵐に応えるかのように不器用に微笑んで握手を交わした。
「君はうちの雑誌で初めて女性編集なんだよ、期待しているから大いにがんばってくれ」
この方が女性編集が欲しいって言っていた編集長か…
五十嵐からの歓迎を受けたが、真里は複雑な気持ちだった。望まない異動をするきっかけになった人だからだ。五十嵐は、髭をお洒落に生やした黒縁メガネをかけたおじさんだ。さらっとした襟付きシャツを着て、少しダメージが入ったデニムを履いている。
「おい、みんな起きろ!」
「はぁい…」
編集長以外には5人ほどの編集部員がいるが、皆書類の間のわずかな隙間に突っ伏して寝ているか、床で寝ていた。明らかにげっそりと疲れ切っていて、返事をするのもやっとの様子だ。全員が動き出すと、男性らしい独特の匂いと空気が漂ってきた。
「ごめんね、皆校了日明けで疲れているんだ。まあ、毎週こんな光景が見れるから、そのうち慣れるよ」
「はい…」
編集の中でも特に週刊誌の仕事はとても忙しいと聞くが、男性でも体力を奪われるほどなのだと見てわかった。真里はこれから迎える日々を想像して、ごくっと唾を飲んだ。
『週刊少年ドリーム』は日本を代表する人気少年誌だ。数々の人気作家を抱え、映画化やアニメ化作品も多い。真里は少年漫画にあまり馴染みはないが、聞いた事のある作品はたくさんある。
「あとは佐々木に聞いてくれ、おーい、佐々木」
「はい…」
眠い目をこすりながら、佐々木がやってきた。
「彼は君とは同期だろう?何かあったら彼に聞くといい」
「はい、よろしくね、佐々木君」
「うん、よろしく、小田さん」
佐々木は柔らかい笑顔と優しい話し方の男性だ。新入社員の時は何度か話した事があるが、配属されてからはほとんど話す機会がなかった。ボーダーの長袖ロンTにチノパンとスニーカーというラフな格好に親しみやすさを感じた。
「それと、小田くん、君が担当するのはうちの雑誌の看板作家である野崎涼先生だ」
「野崎先生?」
野崎は『週間少年ドリーム』で人気ダントツ一位の作家だ。彼の描いている『マジカル☆ジャーニー』は、連載15年目を迎える魔法使いをテーマにした冒険活劇だ。魔物や敵と戦いながら夢である世界の賢者になる為に主人公とその仲間たちの掛け合いとバトルがウリだ。毎年の映画はもちろん、キャラクター雑貨や玩具などの商品化も数多くされている。少年漫画をよく知らない真里でもタイトルと簡単なあらすじを知っているほどだ。いきなり人気作家の担当を任されるとは思っておらず、真里は驚いた。自分に務まるとは到底思えない。
「あ、あの…」
「野崎先生は今僕が担当しているんだよ。ちょうど今日原稿を取りに行って、打ち合わせする予定だから、早速引き継ぎの挨拶に行こうか」
「うん」
「小田くん…まぁ、頑張れよ」
編集長にため息をつかれながら言われた。
「え?」
真里の顔が固まった。編集長の奥に立っている他の部員からも哀れな目で見られていたらだ。
みんなの反応が…怖い…
「野崎先生はどんな方なの?」
真里は恐る恐る佐々木に聞いた。
「いやー、彼は…なんと言うか、漫画の化身?みたいな人だよ」
「え?」
「まあ、会ったらわかるよ。じゃ、行こうか」
「うん…」
デスクに荷物だけを置くと、真里は佐々木に連れられ駅に向かった。眩しい日差しがコンクリートの地面を照りつけ、足元から熱気を感じる。
「先生の家に行く前に、ちょっと寄ってもいい?」
二人は野崎家の最寄駅で降りると、すぐ目の前にある商店街のお弁当屋へ向かった。
「差し入れがお弁当…?」
「うん、そうだよ」
「もっと、お洒落なお菓子みたいなものじゃなくていいの?」
真里の言葉に佐々木はははっと笑った。
「小田さんファッション誌にいたからそう思うよね。確かにお取り寄せとか有名店の物を希望される先生も多いけれど、野崎先生はこれが無いと今頃死んでると思うよ」
「ええ!?」
野崎先生は本当にどんな人なんだろう…
真里は段々と不安になり、顔が引きつる。しかし、そんな真里に構うこと無く、佐々木は大量の弁当が入ったビニール袋を店員から受け取り、商店街を抜けて住宅街に入って行った。
「みなさんの情報を整理すると、本当にすごく…その…」
「変な人?」
「うん…」
「大丈夫だよ、漫画家なんて変な人ばっかりだからさ。自分の世界観とこだわりを持っている人達だから当然だよ。他の人と感性が同じだったらあっと驚く作品なんて作れないでしょ?その中でも野崎先生が突出して変なだけだよ、はははっ」
今さらっと凄いこと言ったよね!?
少年漫画をほとんど読んだ事がないのに、いきなりそんな人の担当ができるか不安になる。
「ほら、着いたよ」
二人が到着したのは、一般的な住宅街の中だった。真里の目の前には、築年数がかなり経過した一軒家が建っている。木造二階建てのその家の周りには小さな庭があり、苔に囲まれた石の道を踏んで玄関に向かう。人気作家ともなると、高級マンションの最上階や高級住宅街の邸宅に住んでいるのかと勝手に思っていた為、質素な佇まいの家に少し驚く。見上げている真里を余所目に、佐々木は玄関まで誘導された石のポーチを歩くと、呼び鈴を押すこと無く、引き戸を思いっきり開けた。
「野崎先生、こんにちは!入りますよ!」
佐々木は靴を脱いでズカズカと家の中に入っていった。
「え…入ってもいい…」
佐々木の遠慮のなさに戸惑いながらも、真里も慌てて靴を揃えてから後について行く。玄関を入ってすぐ右には二階に上がる階段があり、階段を過ぎてフローリングの廊下を歩くと突き当たりにリビングとダイニングに通じるドアがある。しかし、佐々木はそこに入ること無く、廊下の左側にあるドアを開けて中に入った。真里も佐々木について部屋に入ると、そこは野崎の仕事部屋だった。奥には野崎の大きな仕事机があり、目の前にはアシスタントの机が並べられている。周りの棚にはトーンや画材が雑多に置かれ、参考資料に使用したと思われる本が山積みになっていた。紙とインクの匂いが充満していて、漫画家の部屋という感じだ。
ファッション誌は作家の家に訪問する事はあまりなく、代わりにモデルを迎えてのスタジオ撮影がメインだ。真里は作品が生み出されている空間に興味津々で、仕事部屋の奥にまで足を踏み込んだ。
「小田さん、気をつけて!」
「え?」
真里は佐々木に呼び止められて、初めて自分の足元を見た。床には、大きな男性がうつ伏せで倒れている。寝癖がひどい黒髪がモップの先のように見え、白いTシャツとスエットがモップから突き出しているかのようだった。
「きゃああああ!」
真里は驚きでつい大声を上げてしまった。
「野崎先生、起きてください」
佐々木は驚くこと無く、しゃがんで野崎の肩を叩いた。
「ぬあ?佐々木か…?」
野崎は床からゆっくりと頭を上げると、目の前に立っていた真里と目が合った。
「ん?誰だ?その娘」
むくっと起き上がりながら、野崎は真里をじっと見る。立ち上がった野崎は180センチ以上あるのでは無いかと思うほど大きく、決して小柄では無い真里でもかなり見上げないと、顔がよく見えなかった。
「先生、先週言ったじゃないですか、新しい担当を紹介しますって」
「ああ?そうだっけ」
「は、初めまして、小田真里です!よろしくお願いいたします」
「あんた、新人?」
新人…少年誌に関しては新人なのかもしれない。
「はい…」
「はあ…またか…」
ぼさぼさに伸びた髪をかき上げながら、リビングに向かった。
「先生、小田は編集部で初めての女性担当なんです。少年漫画に関しては新人ですが、元はファッション雑誌を担当していてキャリアもありますし、編集に対する熱意はありますから」
「五十嵐さんは何でいつも俺のところには新人を寄越すんだ」
「だって、先生は締め切り守ってくださいますし、作品だってあまり手を加えなくても読者投票は常に一位ですし…」
「新人にはもってこいの作家というわけか」
「いや、そういうわけでは…変人なのでメンタル的にはきつい…」
「佐々木!」
「はは、すみません、言い過ぎました」
真里は会話についていけず、佐々木の後ろで縮こまって立っていた。
「先生、弁当持ってきましたよ、どうせ何も食べていないんですよね?」
「ああ…」
「前回食べたのっていつですか?」
「…さあ、いつだっけ」
「とにかく、今すぐ栄養補給をしてください」
「わかったよ…」
野崎はダイニングテーブルに座り、両手を合わせてから佐々木が持ってきた弁当を食べ始めた。真里は野崎をじっと見つめた。無精髭と前髪で顔立ちがはっきりとは見えないが、切れ長の綺麗な目と鼻筋が通っていて、イケメンと呼ばれてもおかしくは無い。猫背な体勢でご飯を食べているのは、前傾姿勢で漫画を描いているからだろう。
佐々木と真里は野崎の前に座った。二人の後方に広がるカウンターキッチンにはお菓子やカップ麺など、食べ物が豊富に置いてある。
こんなにたくさん食料品があるのに、何で食べないんだろう…
「先生、何度もお願いしていますが、本当にご飯だけはきちんと食べてくださいよ。もう35歳になるんですから、身体を崩せば、大好きな漫画も描けなくなりますよ」
「気づいたら、いつの間にか一日二日過ぎているんだよ」
「ですが…」
「お前は説教しにきたのか?」
ムッとしながら、野崎が佐々木を睨んだ。
「そういうわけだから、小田さん、来週から先生の体調管理もよろしくね」
佐々木は野崎の睨みをかわすように、真里を見て微笑んだ。
「は、はい!頑張ります!」
野崎は大きな口で食べ終わると、席を立ち、仕事部屋から紙を持って戻ってきた。野崎の後に続くように、真里と佐々木もリビングに向かった。野崎は一人がけの椅子に、真里と佐々木が二人がけに座った。目の前のローテーブルには、今週の原稿と、次話のネームが置かれている。佐々木はすぐに原稿のチェックを始めた。真里はその隣でその原稿をチラッと見る。
「すごい…」
インクで書かれた細やかな線に、所々ホワイトで直した跡やスクリーントーンが貼られていて、一種の芸術作品のように思えた。
「おい」
「は、はい!」
野崎はぶっきら棒に真里に声をかける。
「お前は、少年漫画が好きか?」
「すみません…あまり読んだこと無くて…ですが、内示が出てから読んで勉強しています」
「ふーん、そんな奴が次の担当か…いないも同然だな」
野崎は嫌味っぽい言い方をした。確かに真里は今野崎にとって何の役にも立たない存在だ。しかし、いないも同然と言われると、5年という短くても必死で築いてきたキャリアを馬鹿にされたような気持ちになった。
「少年漫画に関してはまだまだ勉強不足かもしれませんが…編集としてはお役に立てる部分もあるかと思います」
「へえー、じゃ少年漫画に関しては初心者の編集さんに聞くが、『マジカル☆ジャーニー』を読んでどう思った?」
真里は野崎の言葉に固まった。この質問には正解が無いと思ったからだ。この場合、作家を持ち上げて褒め称えるべきか、改善点を指摘するべきか、真里は二つの選択肢の中から瞬時に正解を導き出さなければならない。そして、その回答によって、今後の関係性も変わるだろう。真里はちらっと野崎を見た。切れ長の二つの目がまっすぐと自分に向けられて、真里は試されているのだと感じた。
「主人公レオの性格に魅力があり、バトルは迫力があるので、早く先が読みたくなる作品だと思いました。しかし…」
真里は再び野崎を見たが、さっき目が合った時と表情が変わること無く、真里を見たままだ。彼からの威圧感で次の言葉がうまく出てこない。
「しかし、何だ?」
野崎の低い声がますます真里の編集としての小さな自信を吸い取っていく。
ーーあなたには編集としての自信が足りない。
真里はそれをつけるためにここに異動してきたのだ。ここで萎縮しては何も始まらない。
「レオやその他の男性キャラクターの感情の機微は素晴らしいのですが、ヒロインのリリーを含めた女性のキャラクターの感情はふわふわとした感じで描かれているように思うんです。何と言いますか、レオと比べるとちゃんと表現しきれていないと言いますか…」
「…」
真里は俯いていた為、気づかなかったが、野崎は何かを思ったのか少し驚いた顔をしていた。そして、すぐに眉間のシワを寄せた。
「小田さん、もうその辺で…」
真里の話を佐々木が遮った。野崎の表情を変化を読み取ってのことだった。
真里はこれから編集として野崎の作品に関わる以上、作家を褒めるだけの名ばかり編集担当にはなりたくなかった。野崎とは何でも言い合える作家と編集になりたいと思ったからこそ、素直な気持ちをぶつけた。しかし、佐々木が声をかけてきたため、真里の選択肢は間違いだったのかもしれない。
「すみません!私…」
私はなんて生意気な事を…距離感を見誤まってしまった…
慌てて頭を下げて謝った。膝を見ながら、手に汗を握るほど緊張感が高まっていく。
「いい」
「え?」
真里は野崎の言葉で、下げていた頭をゆっくりとあげた。
「編集としてはいい視点を持っている」
「先生…」
「足引っ張るなよ、小田」
野崎はローテーブルに置いてあったネームを真里に渡した。
「はい!よろしくお願いします」
真里は野崎に直接原稿を渡されたのが嬉しくて、頰を赤く染めて微笑んだ。
*
「では先生、今までお世話になりました」
打ち合わせが終わると、佐々木が野崎に挨拶をした。来週からは真里が一人で来ることになるからだ。
「ああ、頑張れよ」
「はい!ありがとうございます。あの先生、僕の送別会は…」
「いらんだろ」
「はは、そういうと思いました、では失礼します」
「ああ」
ドアを閉めて門を出ると、緊張しぱなしだった真里の心も少し緩んだ。
「ね、変な人だったでしょ?」
佐々木は笑いながら真里に話しかけた。
「変というか…嫌味っぽいというか…ああ胃が痛い…」
「最初は驚くけれど、慣れると大丈夫になるから。先生はああ見えて実はイケメンだけど、間違って惚れないようにね。あの人は漫画しか見てない人だから痛い目みるだけだよ」
「えっ!?惚れっ…」
「ははは、そんなわけないか」
「そうだよ、だって私、彼氏いるもん」
「そうだったんだ、なら安心だよ。小田さん、これから大変だけど、頑張ってね」
少年誌に異動して最初の担当は、超変人漫画家でした。
つづく
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