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今この表情を作っているのは私。こんな表情を作れるのは私だけという思いが奈落に落ちそうな快楽より上回っている。
ただの独占欲、束縛と一緒だ。優越感ともいえる思いを抱いたまま息がつまる布団の中で二人分の呼吸は一秒も途切れることはない。
お互いに奪い取り合う快楽に喘いでいた。雨すらもその呼吸をかき消すことはできない。
すべてが終わった後は。つまり行為も終わりシャワーを浴び直し服を着てから二人でリビングでくつろいだ。テレビはつけずスピーカーから流れる有線の今月の音楽ランキングが流れているだけの部屋は、二人しかいないのに賑やかなままだ。
すでに一般的な夜というよりも真夜中という表現が合う時間になっていた。まさか本当にここまで遅くなるとは思っていなかったが、私は家に連絡を入れていたので今日はこのまま泊まるつもりだ。
実際に課題などで泊まりになることはたまにあるのだ。そういう時は同性の友達の家ばかりなので少しの罪悪感はあるが、それでも先生といたいという欲が勝る。
誰にも邪魔されない先生との時間。
砂時計の最期の一粒だって欲しいくらい、それくらい先生といたい。
「こうなることを予想してたんだろう。いやらしい女性だねぇ君は」
「それは先生じゃないですか。こんな時間まで私を返さなかったんですから」
「うーん、まぁ確かにね」
先生は少し気まずそうに言った。私から視線をそらして小さくため息をつく。先生の本当の顔が垣間見える瞬間だ。私に執着してくれているのだろうか。付き合って二年ほどが過ぎようとしているのに、その自信がない。
短くはないがすべてを知っているほど長くはない期間だ。
ビールを飲んでいた先生が私のところに寄ってきて体を傾ける。私より大きな体なのに重苦しさを感じない動きだ。
私の膝の上に頭を置いてから「ちょっと膝をかしてよ」と言った。もう貸しているから断っても意味がないのにと思いながら「はい、どうぞ」と言う。
「若い子の太ももは柔らかいなぁ」
「いくら恋人関係でもそれはやっぱりセクハラですよ」
「いいじゃないか。褒めているんだよ」
「それがセクハラなんですって」
「快適だ」
あたたかい先生の頭。重いけど乗っていても苦ではない。長めの黒髪に触れるとか弱い動物と同じ肌ざわりだ。私は自分の体温を分けるように頭を撫でる。
こうして頭をじっくりと撫でるのは初めてだなと思っていると、だんだんと愛しさが膨らみ自分の身体の内から出て言った。そしてとうとう言葉を落としてしまった。
「好きです」
言うつもりなんてみじんもなかったのに。言った瞬間に後悔し外の雨音で私の言葉は届かなかっただろうかと懇願するように思った。
だが先生はくるりと顔を私の方に向けた。私をまっすぐ見上げる形だ。
ガラスよりも透明度が高い瞳。そこが見えない黒の先に落ちてしまいたいと思ってしまう。
いや、もうとっくに落ちている。ずっとずっとこの瞳が大好きなのだ。
「僕もだよ」
すんなりとそう答える先生。それは愛情表現ではなくただの同意とおなじ淡泊さだ。心が見えない。
「そうですか」
がっかりした気持ちで私は先生の頭をなでながら口の端をあげて笑った。ゆがんだ笑みだっただろう。
先生はくすりと笑ってまた向きを変えて私から視線を外す。
窓の外で地面に落ちて言っている雨粒をみているのだろうか。私も窓のそとをじっと見つめた。
私が雨だったら。きっと先生のところにまっすぐ降りていくのに。何の迷いもなく地面に落ちることなく先生の頭や肩に落ちるだろう。
その自信がある。
だけど本当は。本当は。
大きな欲を言えば私はいつだって先生に受け止めてもらいたい。先生までの本当の距離は空から落ちる雨と地面よりも遠いのだろうか。
体を重ねた回数か、キスをした回数か、デートをした回数か。そんなもので距離を測れたら私は確実に先生に近づけるだろうか。
ただ落ちていれば地面にたどり着く雨粒を私はうらやましくさえ思った。
雨はまだやみそうにない。
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