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その言葉の意味を私はすぐに理解できる。先生からこうやって誘ってくることは珍しいことではない。というかほとんどが先生からの誘いばかりだ。
私から先生を求めたことは数えるほどしかなく、それはただ単に恥ずかしいとも思うしはしたないとも思うからだ。そういうところはいくら抱かれても変わらない価値観だ。
私は実家暮らしなのであまりも帰りが遅いと家族が心配するが、雨が降っていれば「電車が込んでいた」「バスが込んでいた」という言い訳が少したつのでどうにか誤魔化せる部分があるのだ。街中にある大学なので電車はいつも混んでいるし道路も高速道路の入り口が近くにあるためよく混んでいる。雨が降ればなおさら混むのだ。
帰る時間がいつもより一時間ずれ込むということもよくあるので「買い物をしていた」とか「課題を済ませていた」と家族に言えば簡単に時間が伸ばせるのだ。
これから先生の部屋に行ける。そう思うと心臓が高鳴る。体の奥にある欲が私自身を包み込む。
「そうですけど、あんまり遅いとなると困ります」
「ははは、優等生な答えだね。じゃあ、適当に課題を済ませてから行こうか。僕は先に出ているから少し時間をおいてね」
「わかってますよ」
そろって部屋を出てそろって家に行けるわけではない。そんなところをみられれば私は未成年ではないけれど、やはり問題になる。講師と生徒が恋愛関係になっているなど、私が他人でもやばいことだ。
それから一時間ほど時々世間話をしながら私は今日出された課題をすませ、先生は立ち上がる前に大きく伸びをした。これは先生の癖だ。特に長い時間座っていたわけでもないのに難しいことをしていたわけでもないのに背伸びをする。長い手足が伸びると同時にはいる服の皺のつきかたはすべて覚えている。その仕草すら私はまぶしく思った。
ああ、私はこの人が好きだ。本当に体の底からこの人を好きだと思える。
窓の外から聞こえる雨音がくれる先生との時間に私は感謝した。
先生が住んでいるマンションについたのは五時半ほどだった。冬が始まったばかりの時期なので五時台といえどもう暗い。雨が降っているからなおさらだ。十階から見える外はもう今日の終わりを告げている。
緊張と期待をもって部屋に到着すると、一足早く帰っていた先生はスーツの上着だけを脱いでネクタイも外している状態だった。部屋着に着替えていることもあるけど、今日はその前に私が到着してしまったようだ。
「思ったより早かったね」
うれしそうでもなんでもない口調で先生が言ったが、手には私のためにタオルを準備していてくれた。私が濡れてくると思っていたのだろう。
濡れたといっても髪の毛くらいなのに。それにすぐにシャワーを浴びるのに、という言葉を飲み込んで素直にタオルを受け取る。
「思ったより混んでなかったんですよ」
そう答えながら私は慣れた気持ちと仕草で部屋に入り、リビングへ向かい荷物やコートをハンガーにかけた。
先生が借りている部屋は一人暮らしにしては大きい2LDKの間取りで、主にリビングのソファで寝る先生は部屋を持て余している。ほんの三年前に建ったばかりのマンションなので内装はまだきれいで今風だ。CMで見るマンションのつくりそのものでインテイリアはないが、ハウスキーパーを依頼しているおかげで男の一人暮らしにしては部屋の中はいつもきれいだ。
イケメン風大学講師のセレブな生活、などといった文言が頭の中をかすべるがこの男が気取るようなところが想像できない。
自分が良い生活をしているなどというのはあまり思ってなさそうだ。
「何か飲む?コーヒー?」
「うん。はい、それでお願いします」
「別にため口でもいいよ。もう君の胸の形も大きさも知ってるし」
「それってセクハラですよ」
「なんども性行為してるのに?」
「もういいです」
私をからかっているのだ。こうしてわざとみだらな言葉をつかって、私のことをその気にさせるために言っているのかわからないがいつもこうだ。
ほかの女性の前でもこうなのだろうか。この男は。いや、少なくとも大学では違う。この男はわりと礼儀正しく生徒にも他の講師や教授にも接している。だがその態度がやけに演じている風で気に食わないという年配の講師がいることも確かだ。噂だが聞いたことがあった。
「嵐先生って道化みたいよね。演じているのかそれが本性なのか。なんか食えないやつっていう表現がよく似合うな」
そんなことを言っている生徒も見たことがあった。
それは恋人同士を長く続けている私もそう思う。
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