興会

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興会

 「鏡」を開発した会社の子会社にある一室に十人程の社員が集められていた。室内には普段とは違う落ち着かない空気が充満している。今日は全員が「主人格」での出社であるため、皆落ち着かないのだ。オトミヤさんも多分に漏れず全員が主人格である状況に緊張を隠せないでいた。そんな微妙な空気は役員と共に入ってきた「アノヒト」の存在により一瞬にして変わった。オトミヤさんの視線はアノヒトに釘付けとなり、生まれてこの方感情が高ぶるといった経験をしたことがなかったため激しく動揺した。この会社に転勤してきたというアノヒトが役員に促され自己紹介をしている間も内容を脳内で処理できるはずもなく、ただただ、ガラス玉の様に澄み切った瞳を見つめるのみであった。オトミヤさんは自分を役員が呼ぶ声で我に返った。どうやらアノヒトの指導係に指名されたようである。今どき人間の指導係など必要ないのだが、良くも悪くもこの役員、考え方が非常に古風なのである。普段ならば非効率的だと堂々と拒否するのだが、この時ばかりは何の不満もなく快諾した。全体への紹介が終了した後、フワフワした気持ちを抑えつつ適当に顔合わせを行い、この日は解散となった。  もちろんこの日のオトミヤさんの全ては「鏡」の中の人格に自動的に共有されている。  「オトミヤさん!今日はどの型なんですか?」 毎朝出社すると決まってアノヒトがかける第一声である。「おはようございます。今日は他社との会議があるので『調和型』です。初めて会う方なのでコミュニケーション能力が重要なんですよ」 「そうですね、でも、初めてあった日の主人格でもとても話しやすいと思いましたよ?主人格でも良いんじゃないですか?」 アノヒトは時々恐ろしいことを言う。オトミヤさんは声色を変えつつおどけた調子で 「そんなことないですよ。なるべく主人格ではいたくないんです。怖すぎますよ。『鏡』を使っていないアイモトさんには分らないかもしれませんがねー」と返した。これもコミュニケーション能力が高い人格であるからこそできることだ。そんな答えにアイモトさんはフフッと笑った。 オトミヤさんがアノヒトの指導係になってから約二週間の間に様々な話をし、互いに惹かれていった。もっともオトミヤさんは主人格で一目惚れをしていたからフタリが「コイビト」になるまでそう時間は掛からなかった。
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