境界

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 オトミヤさんは一人自宅で悩んでいた。悩みは二つ、一つ目は昨日のアイモトさんの発言の真意について。正直ほとんど意味が分らなかった。『鏡』のヘビーユーザーにとっては『鏡の人格も含めて自分』という意識が当然であったのだ。もちろん『鏡』の人格は他者が作り出したものであり自分自身のものではないこと、あくまでも補助装置に過ぎず主体となるのは自分の主人格であることを理解はしているが、なんだか腑に落ちない。わからないことがあるのは非常にストレスである。一度人格を変え冷静になろうと『鏡』の前に立ったオトミヤさんをある違和感が襲った。これが二つ目の悩みだ。ここ最近、今自分がどの人格であるかわからないときがある。「鏡」に映っている姿を見てもどの自分かわからず、しばらくすると徐々に自分が誰であるのか判断できる様になるといった具合だ。心配になり調べると、あるAIの研究家の発言をまとめた記事に辿り着いた。どうやらこの現象は、ここ最近全国で急増しており、長期間脳にストレスを与え続けたことにより生じているらしい。さらに記事を読み進めていくと、ある一文で視線が固まった。 「最終的には完全に自分が誰なのか分らなくなるでしょう」 一気に恐怖に襲われ、膝の力が抜ける。このままでは自分は自分が分らなくなるのか?それとももう分らなくなっているのか? 分らない、わからない、ワカラナイ、ワカラナイ…… 「オトミヤさん、今日はどの型なんですか?」 「……ワカラナイです」 「……お願いです。今すぐ家に帰って『鏡』の接続を切って下さい。お願いします」アイモトさんが必死に懇願するも、「……ムリです」と首を横に振るばかり。 「お願いします!あなたも分っていますよね?早く手を打たないと……」 「……ワカラナイです。ムリです……」遂にはそう言ってフラフラとどこかへ行ってしまった。立ち去る哀しげに丸まった背中を見つめるアイモトさんの目には何か決意が宿っていた。「こうなれば、仕方がない……人間が壊れきってしまう前に手を打たないと」そう呟いて、おもむろに手にした端末で、ある人物を呼び出した。 「もしもし、社長、もう限界です……」
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