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「お邪魔します」
「……どうぞ」
初めて入るオトミヤさんの部屋には生活感がなかった。殺風景な部屋の一角には不自然に空いた隙間。アイモトさんがそこをジッと見つめているとそれに気付いたオトミヤさんが俯きながら話し始めた。
「その隙間不自然ですよね?そこに『鏡』があったんですよ。もうこの家に鏡はありませんから自分のことが見えないんです。まあ、あったとしても本当の自分のことなんて、もう見えはしないんです。自分のことなのに。考えてもわからなくて、わからなくて、主人格以外に逃げて、それを続けていたらもっとわからなくなって……今はもう何も分りません。今までどうやって生きていたのかも、アイモトさんとどう関わっていたのかも……自分が怖いんです、人格が選べない世界で生きていくなんて……こわいです」話し終えたオトミヤさんがふと顔を上げると、正面には柔らかな微笑みを浮かべたコイビトが立っていた。
「人間は皆そうなんだと思いますよ。本当の自分を直視するのも、全てを受け止めて毎日生きていくのも本当に辛いんです。だけどあなたは人間だから仕方がないんです。あなたは自分自身の中にいるあなたの中から、今日の、今この瞬間のあなたを選択するしかないんです」
「……自分自身の中の、自分?」
「はい、外からではなく、あなた自身で作り出したあなたです」
「……私にもできますか?」
「できます。ボクが手伝います。だから泣かないでボクの目を見て下さい」
見つめ合ったフタリの目の中には真剣な表情の互いが映っていて、まるで鏡のようだった。
「……何でそんなに優しいんですか?どうして何もない私なんかを……」そう言いかけた彼女の言葉は突然の暗闇により遮られた。真っ暗で何も見えない温かい空間の中でこんな言葉が聞こえた。
「では、まずこれから伝えますね。ボクがあなたを選んだ理由は……」
――ボクが人間を「楽」にするために生まれたからです。
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