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風が強くなっていく。窓に打ち付けられる雨の音が大きくなり、雨が大雨に変わっていくことを知る。
「君は嘘を付いている。」
「何が嘘だ。どれが嘘だ。」
男の怒りが続く。遠藤はため息をつき、話を続けた。
「君の証言に嘘が見られるのではない。『君』に嘘が見られる。」
男も梓汰民も困惑する。ずっと男を見ていたから分かることもある。
「何故『靴下』を履いていない。」
梓汰民が男の足元を見る。男は裸足だった。
「隠蔽だ。血が付いたからな。」
「ならスーツも変えるだろう。靴下だけ脱ぐ必要は無い。何故君は靴下『だけ』を脱いだ。」
「さっきから言っている。血溜まりを踏んだからだ。だが、靴下を脱いでいる時に逃げられないことを考えた。」
「それが『真実』だろう。君の言う『事実』は概ね合っているのだろうが、君という人間が分からなくなる。君は、この事件を『隠したい』のか?『曝したい』のか?」
「初めは隠そうとしたが、途中で諦めた。諦めると、途端に自分が言いたくなったんだ。誰かにバラされるより自分で言いたい。だって自分がやったことだから!」
その瞬間、遠藤が男を指差した。遠藤の口角が少しだけ緩んだ。
「今、『嘘』をついた。」
男が口をつぐむ。遠藤が言葉を続ける。
「君は頭が良い。嘘のつき方を知っている。上手い嘘のつき方は、『真実の中に嘘を入れる』ことだ。そして、その嘘がバレないように君は説明を簡潔にした。だが残念だ。自分の知らない部分については曖昧な表現を使った。」
「そんなことはない!何を言っている!」
「質問だ。何故君は殺しをした場面を『赤い液体』と濁した。何故君は、包丁を刺した部分を説明しなかった。」
男が黙る。
「質問の中で君は相手の男が混乱して固まっていることまで説明した。相手をよく見ていた。にも関わらず、君は殺しの瞬間を『冷静でない』という言い訳を使って説明しなかった。…これが矛盾だ。」
男は黙っている。遠藤の言葉と雨音だけが鼓膜を揺らす。
「濁したその部分が君の『嘘』だ。他の真実との違いが浮き彫りとなる。君は『殺していない』。だが家に死体はある。証拠も隠滅した。それでも君が殺人を犯したと言い張る理由。…君は、妻を『愛している』と言っていたな。」
二度目の落雷。だが梓汰民は遠藤の言う『事実』に気を取られて雷鳴を聞いていなかった。
「殺人を犯したのは君の『妻』なのだろう?」
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