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遠藤はまるで男の独白を代弁するかのように喋る。男はそれを先程の遠藤のように静かに聞いていた。
「君は事件を『曝したい』と言ってここを訪ねた。だが話の中の君は事件を『隠そう』としていた。矛盾が生じる。しかし犯行が君の『妻』であるなら、君がその罪を被ろうとしているのなら話は繋がる。隠蔽した証拠は『妻の証拠』。口裏合わせは『妻の口裏合わせ』。君が家に帰ってきた時、既に『妻が男を殺していた』のだろう。だから『血溜まり』があった。それを踏んでしまった靴下を処分した。」
「…そう言い切れる証拠は無い。」
「ああ、無い。だが違和感が残る。君の話と君の態度の違い。話の中の冷静な君が『真実』で、今の君が『嘘』だということは、人をよく見てきた警察の方が分かることだろう。」
その言葉を聞き、男は顔の力を抜いた。脱力した男は乾いた笑みを見せた。
「…そうかい。ここに来てよかった。」
「君は、それでいいのか。不倫していた妻の身代わりになることが君の為か。」
「悪いが、私は説教されにきたのではない。…妻を牢屋に入れるわけにはいかない。」
「そうか。なら、何も言うことはない。出頭するなら今日の内がいい。時間が経つ程怪しまれる。」
「…ありがとう。悪いが、君にも罪を被ってもらうことになる。偽証罪になるのかな。この事件は、私がやったことだ。」
「俺は何の罪も犯していない。よく分からない客の妄言に付き合っただけだ。君が捕まった知らせを聞くまでは、妄言に付き合わされた不運な店主でいられる。」
「…そうだな。ありがとう。」
「すまないが、最後に一つ聞きたい。君は、『妻』を愛していたのか。それとも…」
「私は私の身を愛して行うことなどないよ。」
そう言って、男は万屋を立ち去った。梓汰民は男を見送ったが、遠藤が客間を離れることはなかった。
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