生まれ変わっても余の妻に

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葵は、「東アジア歴史研究会」の顧問をしている。部員が3人しかいないため、生徒たちは今年の新入生に宣伝したいと張り切っていた。春休みではあるが、新入生歓迎会の準備のため、学校に集まることになった。 葵がドイツ製の紺色のクーペで学校に到着すると、ちょうど校門を入ってきた部員の一人、真凛(まりん)が駆け寄ってきた。 「葵っち、かっこいい~!」 (あや)も一緒だった。 「先生、いいものが手に入ったんですよ」 二人は大きな荷物を抱えていた。 三人が視聴覚室へ行くと、すでに(しゅう)が鍵を開けていた。部員はこの三名で、主な活動は、週一回視聴覚教室の最新の機材で韓流時代劇を見る、というものだ。 (しゅう)は歓迎会当日上映するDVDを既にセッティングしていた。みんなで当日の進行や段取りを考え、準備を終えると、女の子たちはニコニコしながら例の大きな袋を持ってきて、中身を出した。 「ジャジャーン!」 出てきたのはコスプレ用のチマチョゴリだった。 「せっかくだから、派手にやらないと。ねっ! (あや)」 「楽しそうね。着て見せて」 「シュー、外に出て!」 真凛(まりん)に言われ、(しゅう)は廊下に出た。 「二人ともかわいい」 真凛がピンク、彩が水色のチョゴリを着ていた。 「修君、入っていいよ」 修が視聴覚教室に入った瞬間。修の視界の隅に、あずき色の塊が突然現れた。 「あ!」 指をさして叫ぶ修の声に、みんなが振り向くと、その塊がゆっくり立ち上がった。少年だ。韓流時代劇で見るような、官服を着ていた。小学生だろうか。切れ長の目ときりっとした眉が印象的な賢そうな子だった。あずき色の官服に、紗帽(サモ)という黒い帽子をかぶっていた。周りの様子をうかがっているのだが、ひとつひとつの物を見るたびに、怪しんでいるのか、独特の反応をしていた。 少年はチマチョゴリを着た2人を見つけて安堵の表情を浮かべ、近寄ってきた。 「そなたたち、ここはどこだ? どうやって私を連れてきた? これは新しい余興か? ここにある物は斬新なものばかりだ」 葵が少年に近寄り声をかけた。 「あなた、この学校の子?」 「何を申している? 言っている意味がわからぬ」 少年は葵を上から下まで観察していた。 「そなた、変わった身なりをしているな」 水色のカーデガンと花柄のワンピースなど、決して変わった身なりではない。この少年は何か違う。彼が着ている衣装は本物の絹だろう。女の子たちが着ているポリエステルとは明らかに重みも光沢も違っていた。そして、あずき色は王族だけに許された色だ。葵にはわかる。 「あなた、なぜその服を着ているの?」 葵の質問に、少年は不機嫌になった。 「何度も『あなた』とは、無礼だ。皆は私のことを河城君(ハソングン)様と呼ぶ」 河城君(ハソングン)といえば、例の11人妻がいた王が即位する前の名前だ。ついこの前まで、この視聴覚室で見ていたドラマに出ていたからわかる。 「先生、この子……」 修のこの言葉を聞き、少年が急に姿勢を正して葵の方に向き直り、一礼した。 「失礼いたしました!」 そして、丁寧に聞いた。 「あなた様は新しく来られた先生でいらっしゃいますか?」 「ええ、新しくはないけど、先生よ」 「ご無礼、お許しください」 少年は深々と葵にお辞儀をした。何かのテレビ番組のドッキリか? どう対応すればいいのかわからない。葵はとりあえず家に帰そうと思った。 「河城君(ハソングン)様、ここは高校だからお家に帰ろうね。」 「先生がこうおっしゃっている。そなたたち、私を連れて帰れ」 河城君(ハソングン)はチマチョゴリの二人に命じた。 「河城君(ハソングン)様のおうちはどこ?」 「そなたたちが私をここへ連れてきたのではないのか?」 「お前、本気で言ってるのか?」 「お前とはなんだ! 失礼な男だな。私は王族だぞ」 「とりあえず、部外者だし、外に出てもらおう」 修が少年をなだめながら廊下に連れて行き、扉をピシャッと閉めた。 「さあ、続き続き。DVDを見よう!」 会場を暗くしてDVDをプロジェクターで映し出した。映像も音響も素晴らしい。 「これならみんな見たくなるよね!」 始まってすぐ、扉が開く音が聞こえて、後ろから光が差し込んだと思うと少年が入ってきた。そして、とんでもない叫び声をあげた。 「何だこれは⁈ この平たい人間は何なのだ⁈」 少年が血相を変えて前方のスクリーンに映し出された映像に駆け寄った。そしてスクリーンの前に立つ自分の服や肌にもその映像が映し出されていることに気づき、恐怖の叫びをあげた。 「ヒャアー!」 うずくまり、震えていた。 「止めて! 電気をつけて!」 葵が叫んだ。部屋が明るくなっても少年はしばらくうずくまっていたが、顔を上げ、映像がなくなっていることを確認するとやっと落ち着いたようだった。葵がやさしく声をかけた。 「大丈夫?」 「先生、説明してください。あれはいったい何なのですか?」 少年が葵のことを「先生」と呼んだ。 「あれはテレビやDVDの映像を機械で映画のように映しているのよ。」 「さっぱり意味がわかりません。」 「あなた本物の河城君(ハソングン)様なの?」 「偽物のわけがありません。私は間違いなく河城君(ハソングン)です!」
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