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王子様、初めての体験
「じゃあ、なぜここに来たの?」
「あなた方が私をここに連れてきたのではないのですか?」
いくら話してもかみ合わず、少年は自分は何も知らない、気づいたらここにいたと言うばかりだった。葵と3人の生徒たちは顔を見合わせた。
「まさか、タイムスリップってやつ?」
「どうしよう? この子、本当に河城君かも。これから誰が面倒見るの?」
こういうことを一番気にするのは彩だ。当の河城君はみんなの顔をかわるがわる見ていた。
「タイムスリップとはどういう意味だ」
「過去から未来へ時間を移動しているってこと。」
真凛がさらっと言てしまったので、修がフォローした。
「ハソングンは450年前からここ、2019年、つまり、未来の世界に来てしまったみたいだ。ここにあるもののすべてが見たことないものなら間違いないだろう」
「まさか……確かに驚くものばかりです……。そんなことが起こるのですか? それでは、私はどうやって元の世界に帰ればいいのでしょうか?」
「少なくとも私達には帰り方が分かんない」
「そんな……」
河城君は愕然としていた。
「葵っち、1人暮らしでしょ? 泊めてあげてよ。みんな親と住んでるから無理だよ。」
「私?」
「まだ子供なのに、かわいそうじゃん」
「そうだけど……」
不安げに見上げる河城君と目があった。
(うわ。そんな目で見ないで)
言葉遣いはしっかりしているが、まだ子供だ。
「わかった。河城君様、帰れるまで、うちにおいで」
「よろしくお願いします」
河城君がぺこりとお辞儀をした。今の状況を受け入れがたいようだったが、少し安心したようだ。DVDの上映は途中だったが、大体のリハーサルは終わっていたので、片付けて帰ることにした。このあとは、修の家で打ち上げをすることになっていた。
「ハソングンも行こうね」
「そなた、呼び捨てにするとは、無礼な」
「あ、元気出てきたね。ハソングン!」
「そなたも無礼だぞ!」
「もう、観念しろよ」
みんなは笑いながら外に出た。それぞれ自分の自転車に乗って修の家へと出発し、葵は河城君を連れて駐車場に向かった。校舎の中も外も、河城君にとっては珍しいものだらけで、いちいち質問されたため、時間がかかった。河城君は車を見て、さらに驚いていた。質感とデザインのせいだろう。そんな様子を見て、これは芝居ではなく、本当にすべてが初体験だとわかった。
(この子は本当にタイムスリップしてきたんだわ)
葵はなんとか彼を車に乗せ、シートベルトを締めてやった。
「さあ、動くけど、びっくりしないで」
車が動き出すと、河城君は目を丸くして凍り付いていた。校門を出ると、フロントガラスの外に、彼にとっては初めての風景が広がっていた。シートベルトを両手で握りしめて、食い入るように見続けている姿を、葵は可愛いと思った。
「あれはなんだ?」
「なぜぶつからずに走ることができる?」
「なぜあいつは止まったのだ?」
交通ルールという概念のない彼には秩序を持って走る車と人が不思議だったようだ。
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