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広い庭に出ると、バーベキューコンロの炭のいいにおいがした。真凛と彩はみんなに箸や皿を配ってくれた。河城君は相変わらず何を見ても珍しいようだった。
「さあ、はじめよう!」
部長の修の声を合図に、みんながトングや箸で野菜や肉を置き始めた。ジュージュー焼ける音はいつ聞いても食欲をそそる。いい匂いだ。その間に、バッチャンがジュースを用意してくれた。
「先生、飲めないのが残念ね。ノンアルコールビールにしておきましたよ」
バッチャンがよく冷えた缶を手渡してくれた。バーベキューにはやっぱりビール。バッチャンの気づかいがとてもうれしかった。ハソングンが、グラスの中のジュースを上から横から興味津々で眺めている。
「東アジア歴史研究会、今年はお疲れ様! かんぱーい!」
「かんぱーい!」
みんながグラスをぶつけ合うのを見て、河城君も訳が分からず戸惑いながらも、まねをしていた。ジュースを飲んだとたん、河城君が悲鳴に近い声をあげた。
「なんだ?! これは!」
「あ、これ、サイダーだよ。はじめてか」
炭酸の刺激は思いのほかきつかったようで、少しこぼしていた。
「ゆっくり飲んだらおいしいよ」
葵がそう言いいながらふいてやると、また河城君は素直に従った。ちびちび飲んでは、にっこり笑う彼をみていると、思わず笑みがこぼれた。
「はやく食べないと、肉がこげるぞ!」
「これ、おいしい! 口に入れたら、とろけるようなお肉!」
クールな彩も今日は羽目を外し、ご機嫌だった。
「ほら、ハソングン、どうぞ! タレをつけて食べて。」
真凛が河城君の皿にトングで肉をいれた。ずっと黙って様子を見ていた河城君が口を開いた。
「そなたたちは、山賊か?」
一同、箸を持つ手が止まった。
「山賊を見たことがあるの?」
「話に聞いたことがある。山賊は仕留めた獲物の肉を調理もせず、そのまま焼いて食すのだと。」
みんな爆笑だった。
「なるほど、確かに、バーベキューはワイルドな料理だ。」
「切ったお肉をそのまま焼くだけだもんね。」
「まあ、食べてみてよ、おいしいから」
真凛が強くすすめた。おそるおそる口に入れた河城君の顔がぱあっと明るくなった。
「美味だ!」
「ほらね、おいしいでしょ。もっと食べて!」
「バッチャンが遠くにある評判の肉屋までわざわざ買いに行ったんだから、まずいわけないよ!」
それから河城君は、葵が心配になるほど肉を食べた。サイダーにも慣れたようだ。
「いや~食った食った」
修がお腹をさすりながら目を細めていた。河城君もすっかりご機嫌で、もう呼び捨てにされることにも慣れてしまったようだ。
「バッチャン、ありがとうございました」
帰るころには、みんな祖母のことをバッチャンと呼ぶようになっていた。
「気を付けてお帰り」
バッチャンは表まで見送りに来た。
「先生、来年度も孫をよろしくお願いします」
「こちらこそ、修君にはたくさん助けてもらっています。今日は洋服をたくさんいただきありがとうございました」
女の子たちは自転車に乗り、それぞれ挨拶をして帰って行った。自転車で走って行く後姿を見送りながら、河城君が葵にたずねた。
「あれは何だ? 車輪が2つしかないのに、なぜ安定して走っている?」
葵はひそひそ声で後で説明すると答え、満面の笑顔でバッチャンに挨拶をした。
「今日は本当にありがとうございました。それでは、失礼します」
バッチャンから何か聞かれる前にその場を去りたくて、河城君を車に押し込み、急いで車を発進させた。
「さて、これからスーパーに行かないと、何も食べるものがないわ」
河城君を連れての買い物、彼はスーパーでどんな反応をするのだろう。先が思いやられた。
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