王子様、スーパーへ行く

2/3
前へ
/89ページ
次へ
葵の家は一軒家だ。一人暮らしを始める時、いろんなマンションを見せてもらったが、葵の本をすべて収納できる物件はひとつもなかった。そんな時、不動産屋が提案してくれたのが、古い一軒家だった。葵が選んだのは、昭和50年代に建てられた、二階建ての物件で、家主が年を取り、二階建てに住めなくなり、マンションに引っ越したとかで、家主の好意で破格の値段だった。あまり、広くはないが、1階にリビングとダイニングキッチン、2階に2部屋あった。1部屋を本のために使うことが出来るのがうれしかった。昭和レトロなところも気に入って、この家を借りることにした。 「ついたわよ」 「ここが先生の家なのですか?」 車を降り、葵の家を見た河城君は明らかに驚いていた。今まで車窓から見たマンションや店舗と比べると、古くて小さいこの家が、身分制度の厳しい国から来た河城君の目にどのように映ったかは想像できた。 「あ、家が古くて小さいから、身分が低いと思ったかな?」 「いえ、そんな……ただ、ご迷惑になるのではと……」 「大丈夫よ。それと、知っておいてほしいのだけど、この国には身分制度がないの。みんな平等で自由よ。その人の実力にあった収入がもらえる。それに、自分の好きな家に住めるの。私はこの家がとても好きだから、ここに住んでいるのよ」 葵が鍵を開けて引き戸を引くと、それまで我慢していた河城君のやりたがりに火がついた。カラカラと音を立てて軽やかに開く戸をうれしそうに右へ左へと引いて遊びはじめた。朝鮮王朝時代の家屋の扉はドア式のものが主流だし、このカラカラ音が心地いいのかもしれない。そんな彼の様子が、たまらなくかわいかった。 家の中は改装しているので、新しくて、外から見た感じとは違う。しかし、朝出かけたときのままで、散らかっていた。 「中は快適そうですね。しかし、召使はどこへ行ったのですか? きちんと仕事をさせなくては」 「ごめん、ちょっと待って。片付けるね」 「召使はいないのですか?」 「ええ。この世界は自由だけど、自分のことは自分でやらなくてはいけないの」 「自分のことは自分で……?」 「そう。自分でやるのよ」 その時葵は、河城君にテレビを見せたら、この世界のことをもっと理解してもらえるのではないかと思った。しかし、この子は河城君だ。もし本物なら、李氏朝鮮第14代国王になる人だ。変なものをみせて、歴史を変えることになったら大変だ。しかも、豊臣秀吉が朝鮮出兵した時の相手だから、場合によっては、日本だって危なくなるかもしれない……。 「ええい、面倒!」 なるようにしかならない。気楽に考えることにした。ソファに河城君を座らせて、リモコンでテレビをつけると、彼はまた驚いていて、リモコンを触りたがった。しかし、彼も驚くことに慣れたのか、いちいち聞かず、自分で観察するようになった。 「これ、見ていてね」 葵がつけたローカルの情報番組を、河城君は食い入るように見ていた。その間に葵は部屋を片付け、2階に布団を用意した。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

38人が本棚に入れています
本棚に追加