お互い素直になりましょう

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お互い素直になりましょう

「…何よ。わざわざ2人を先に行かせて。さっきの会話、もしかして聞いてたの?」 鍋の中身を焦がさない様に回していた手を一旦止める。 先程話していた時に、カタンと音がした気がしていた。 「盗み聞きは悪りィと思ってたんだがな。ついつい出るタイミング見失っちまった。それで、さっきの話だが」 「何?2人にきつく当たるなって言いたいの?それは私が一番わかってるし、」 「そんな事、言いてェんじゃねんだろ。お前、その口一旦閉じろ。」 ぐ、と言葉を詰まらせる。 そんなことが言いたいんじゃない、という言葉は図星だったし、何よりこいつ相手はどうもやりにくい。 元々同じクラスだったから、というのが大きいだろう。 私が、浮いているのを、クラスの人に対してきつい口調で失敗した過去を見ている。 私が、酷い事を言ったのも知っている。 今となれば言い方とか、空気とかがあるのはわかるが、当時は自分が一番正しいと思い込んでいた。 正解は一つじゃないし、それは時と場合によって酷く流動的に変わる事を知らずに、クラスメイトに私の正義を押し付けていた。 あれこそが、偽善だ。 そんな、幼いだけの私をみんなに知らないでいてほしい。 そのみんなの中に入っていないのが、目の前の、私の過去を知っている武田だった。 「そんな事言いたいんじゃないって、私のことわかったつもりで、そんなこと言わないで」 床を睨みつける。 武田と目を合わせる気には、なれなかった。 「出てって。…険悪な雰囲気は、みんなには出さない様にするから」 「お前、本当にそれで」 「出て行ってって言ったの!聞こえなかった!?」 がしゃん、と派手な音を立てたのは食器棚か。 自分が癇癪を起こして叩いたから。 「…言い方、もっとあったよな。ごめんな」 ふぅ、と息を吐いた武田に思わず顔をあげる。 「何を」 「いつもこうなんだよ。俺は。お前を責めるつもりも、怒るつもりもねェよ。2人と仲良くしてんじゃねェか。それに関してもすげェ良いことだと思ってるし、うまくやってるお前が羨ましいよ」 なんで。 それを言いたいのは、私なのに。 武田は目立つタイプじゃない。 けれど、私達には必要不可欠の潤滑油だ。 良いタイミングで、良い事をぽん、と言って。 そんな武田が、本当はとても羨ましくて。 その武田が、私を羨ましがる? そんな事、ある訳ない。 私の方が、武田の事を。 「そんな意外か?まあ、そんなゆっくり喋ることもなかったしな。俺は、お前がズバズバ適切な事を言ってるのがすげえ羨ましいよ。お前が来てくれたから、俺らの教室はみんな仲良いんだ。全員必要だ、それは当たり前だが、喧嘩が勃発しないのはお前が、仕切ってくれるからだろうが。俺は、それがずっと羨ましいよ。お前みたいな立場に、なりたいよ」 壁にもたれかかりながらも私の目を見ることをやめない武田。 「仕切ってないわよ。口が悪いだけよ。みんなの雰囲気を、悪くさせてるだけよ」 「そんなこたァねえよ。繰り返しになるが、お前が仕切ってくれるから円滑に回るんだろうが。誰が言うか戸惑う様なこともズバッと言ってくれるから良いんだろうが。」 視界が、ぼやける。 そんな風に、思われていたなんて。 ずっと、嫌われていると思っていた。 もう私はこうなのだと、突っぱねていた。 誰にも、私の正義は理解できない。 けど、悪い事を黙認するくらいなら、私は嫌われ役でいいから正しいことを言いたい。 嫌われていい、自分が悪いのだから。 それで自分の言いたいことを我慢するのが何より嫌だった。 でも、友達がいないことを割り切れるほど強くなかった。 なぜ、当たり前の事を言ってはダメなのか。 悪い事を言っている方が悪いのだから。 ずっと白と黒で分けていた自分の世界が、初めて褒められた気がした。 「おい、泣くなよ…俺が泣かしたってなったら聞こえ悪いじゃねェか…」 不器用に、ほれ、とハンカチを渡してくれる武田が面白くて、つい笑ってしまった。 「…お前、そんな風に笑うんだな。」 「何よ。何か文句でもあるの?」 「いや、可愛いよ」 今度こそ、本当に出て行ってほしいと思った。 「俺らの昼ご飯…」 よよよ、と泣き真似をする遠田にくすくす笑う。 2人のやりとりを廊下でこっそり聞いていたのは、私達2人だけではなく。 「今いい雰囲気なんだから、入って行っちゃ駄目だと思うよ。もうちょっと待てそう?」 「この機会に遠田は我慢っていうのを覚えたらいいんじゃない?」 私と同じ様に笑いながら柳川と春樹ちゃんがひそひそ声で話す。 「俺も賛成。でもまあ、峰田の腹が空いたっていうのにも賛成だからそろそろ終わってほしいな〜…」 「運動部組はよく食べるから空腹はキツいのかもね。入ってみていい?」 小川が普通の音量で喋るのでみんなで慌てて口を塞ぐ、が、間に合わなかった。 「…っみんな聞いてたの…!?」 「…実は…」 玲奈ちゃんの悲鳴が空に響き渡った。
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